電車内やテレビ、スマホなど、あらゆる場面で目に入る広告。企業が発信するメッセージが流れ続け、知らず知らずのうちに「こうあるべき」という固定観念が根付いていると感じる人もいるかもしれません。

外資系の広告代理店に勤務するNaoさんは、学生時代からアメリカやフランス、イギリス、シンガポールなど世界各地で過ごした経験から、社会問題に関心が芽生えたZ世代。

「広告は社会を映す鏡」だと話し、とくにサステナビリティに注力している彼女が、広告を通して社会問題について発信する意味とは――。


海外での経験が最初の入り口に

――社会問題に興味を持ったきっかけを教えてださい。

アメリカの高校に留学していたとき、夏休みの間に性別移行をしたクラスメイトがいました。夏休みが開けた新学期からは、代名詞も変わり、名前も「こうやって呼んでね」と周りに伝えていました。

それだけではなく授業参観の日には、お母さん2人、お父さん2人で参加している家庭があったり、白人の両親に養子として迎えられたアジア人の友人がいたりしました。

高校入学前までは日本で育ってきた私にとって、こんな多様性にあふれた環境ははじめてだったので、正直最初は驚きました。でも、周りにネガティブなことを言う人は誰もいなくて、むしろ「教えてくれてありがとう」、「勇気出してすごいよ」という声が飛び交っていて。だからこそそれが特別なことではなく、いろんなジェンダーや家族の形があってもいいんだ、と思えるようになったのだと思います。

生まれ育った日本では気にしたことはありませんでしたが、海外の生活で日常的にダイバーシティを感じられたのが、社会問題を知る最初の入り口でしたね。

instagramView full post on Instagram

――広告業界に就職を決めた理由を教えてください。

アメリカの高校を卒業後、フランスの大学に入学しました。就職の時期になったときに、社会問題を直接解決できるところで働きたいと思い、NPOやNGOの求人や、企業の事業内容よりもどのような社会支援活動をしているのかCSRのページばかりを見ていました。

そのときに気づいたのが、多くの団体や企業が活動を続けていても、社会には多くの課題が残されているということ。さまざまな方法で声を上げたり、寄付を募ったり、活動をしていたりしても、苦しんでいる人が多くいて、環境問題も深刻になってきていると思ったんです。

社会問題に興味がある人は、団体や企業の活動やレポートを見てすでに情報を知っているし、日常生活でもアクションを起こしているはず。であれば、すでに解決に向かって一線で動いているところではなく、この現状を知らない人にこそ届けなければならないと、就職先の軸が180度変化しました。

いろいろと考えた結果、社会問題を知らない人に気づいてもらうためには「消費を変えることが大切」だと思い、社会に企業のメッセージを届ける広告業界を目指すことに。もともとは海外での就職も考えていましたが、日本の広告が多様性・包括性に欠けていることが多いと気づき、帰国を決意しました。

外資系の企業だと、社会問題や環境問題にアプローチした広告案が通りやすい傾向にあるので今の会社を選びました。

広告業界に残された課題

――実際に広告代理店に就職して、感じたことや課題はありましたか?

ちょうど「サステナビリティ」や「SDGs」といったキーワードが注目され始めたタイミングで入社したので、やりたい分野に挑戦できるいいタイミングだなと思っていました。その一方、言葉の認知が広がってきたからこそ、表面的に見えるキャンペーン広告が多いようにも感じました。

企業も代理店も「とりあえずSDGsをやらなきゃ」とスタートしたものの、きちんとした知識を持ち合わせている人が少ないのが現状。何もわからず、勉強しないまま企画が進んでしまい、結局答えがないまま表面的なクリエイティブになってしまうのではないかと懸念していました。

もちろんいきなり変化を求められているので、対応しきれないのは仕方がないことですが、グリーンウォッシュやSDGsウォッシュのような広告が生産されてしまうのではないかと不安を感じていたんです。

広告を作る側として「なぜサステナビリティを発信する必要があるのか?」という根幹を理解するためにも、社内でSDGsの勉強会の立ち上げに参加させてもらうことになりました。そこでは社内のゴミを減らすために会社のタンブラーを作って社員全員に配ったり、講義を行ったりしています。

――社内でSDGs情報を発信することで、会社に変化はありましたか?

「コンポストのやり方を教えてください」のような気軽な会話だけではなく、「サステナビリティの企画にアドバイスもらえませんか?」と、別のプロジェクトに入れてもらえることもありました。

今まで「社会や日本を変えたい」と大規模な変革を起こそうと考えていましたが、それは1人で成し遂げられるものではありません。ともに達成に向かう仲間が必要で、まずは自分の周りにいる人から伝えていくことが大切なんだなと改めて気づきました。

今は自分ができることを始めたことがきっかけで、社内に仲間もできて、メンバーも増えました。やりがいを感じますし、会社にも何か貢献できていればいいですね。

――ご自身のInstagramでも発信していますよね。

そもそも社会問題が反映された広告を見るのがすごく好きで、ただ見るだけでなく、「いいな」と思ったものをInstagramのアカウントでシェアしています。

映画やドラマのように自分で選べるコンテンツとは違い、勝手に目に入ってくる広告は、固定観念を生み出すひとつの要因。小さい頃からインプットが積み重なって、誰かに言われたわけでもないけど「女の子はムダ毛があったらダメ」「きれいな肌じゃないといけない」といったようなステレオタイプな価値観が根付いてしまうと思うんです。

広告は社会を映す鏡。広告をただの情報としてではなく、今の日本の状況が反映しているという視点を「#広告から見る社会問題」のハッシュタグを使って発信をしています。

広告だけで社会問題を解決するのは難しいですが、見た人の意識や行動を変えられるかもしれない。モノを売ったり、ビジネスの成功が広告の目的なので、消費を見直すことが社会の変化につながるひとつの方法だと考えています。

サステナビリティは“ゆるく”続けることが大切

――サステナブルな行動を続けるために、できることを教えてください。

日本においてサステナビリティの認知度が上がっていますが、実際に意識的に行動できていると自認している人は少ないように思います。

でも、日本には昔からものを大事にする文化がありますよね。「環境問題」、「サステナビリティ」という言葉を使うから「自分は何もできていない」と思ってしまうけど、こまめに電気を消す習慣や、日用品の詰め替え用ボトル、“もったいない”という意識など、自分の身の回りでできる行動も問題解決のひとつになっているということをもっと知ってもらいたいです。

私が大学時代にフランスに留学していたとき、ルームメイトの1人がお肉を減らす食生活を送っていました。彼女をはじめ、100%ヴィーガンでも環境活動家でもないけど、できる範囲でゆるく意識して生活している人がヨーロッパにはたくさんいたのが印象的でした。

そのゆるさに対して周りも「この前ヴィーガンって言っていたのに、今日はお肉食べてるじゃん」と指摘するわけでもなく、それぞれができる範囲のことをやるだけという考え方を持っていて。そう考えると、そのくらいならできるかもしれない、って思いますよね。

極端なことだけではなく、もっと身近でできることもいっぱいあります。完璧な活動家になるよりも、ゆるくても、長く続けていく人を増やした方が、長い目で見て問題の解決に向かっていくのかなと考えています。

――今後の目標や描くキャリアを教えてください。

将来は、社会問題にアプローチする企画が作れる広告プランナーになりたいです。限られた尺やスペースのなかで短いメッセージを伝えられるのが広告のいいところ。短い時間で多くの人にインパクトのあるメッセージを伝えて、見た人のアクションにつなげていきたいです。

これまで社会問題に対して興味がなかった人に、まずその問題を認知してもらうことが私の仕事だと思っています。実際に自分がその問題の当事者でなくても、“自分事”としてとらえてもらえるようになるといいですよね。

社会問題の解決をベースにしつつ、人を動かすための楽しそうなアイディアやクリエイティブで、社会も環境も企業もすべてwin-winになるようなもの目指して企画できるようこれからも頑張りたいです。