「きょうだいの組み合わせが人生にどのような影響を及ぼすのか」という疑問について経済学の観点で明らかにした研究が話題になりました。

その研究のなかで、「男兄弟がいる女性は、姉や妹だけをもつ女性よりも学歴や収入に格差が生まれる傾向にある」ことが判明。そしてその女性に与えるマイナスの影響を表現した「ブラザーペナルティ」という言葉が台頭しました。

はたして学業や就職の選択は、きょうだいや家族における立ち位置によって左右されるのでしょうか? 大阪経済大学 情報社会学部 で准教授を務める苫米地なつ帆先生に、社会学の観点からブラザーペナルティによる影響をうかがいました。

【INDEX】


監修:苫米地なつ帆先生

“弟がいる姉”は年収が低い?

2021年6月に発表されたアメリカの論文では、「教育や職業選択の機会におけるジェンダー平等は進んでいるにも関わらず、低所得とされる仕事に女性が多いのはなぜか 」という点に着目。そもそもの家族構成や幼少期の待遇に原因があるのではないかと考えました。

そこできょうだいの性別の組み合わせ別に、31~40歳までの家族形成やキャリア選択を比較。 そこで男兄弟がいる女性は、早くからジェンダーロール(伝統的な性別に基づく役割分担)が固定されやすく、それに基づいてライフイベントを選択しやすいとの傾向が指摘されたのです。

日本では22年2月、その結果をもとに<President Online>が「日本でブラザーペナルティはより色濃く表れる」と分析。弟がいる姉は以下の選択をする傾向があると説明します。

  • 学業面では理系よりも文系を選びやすく、職業面では男性よりも女性比率が高い職種を選びやすい
  • 異性のきょうだいがいることで幼いころからジェンダーを意識してふるまうようになるため、「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」といった二元論的なジェンダー分業に賛成しやすく、専業主婦などを選びやすい

そして選択する職種や雇用形態は所得が低い水準にあったり、専業主婦となると賃金が生まれないことから、年収が低い傾向があるという“不利益”を明らかにしました。

これらを分解していくと、そもそも「なぜ文系の方が収入が低いとされるのか」「女性や非男性が就きやすい仕事はなぜ所得水準が低いのか」「なぜ女性のジェンダーは文系と結びつけられるのか」「なぜ家事や介護といった無償労働は女性が多くするものとなっているのか」といったさまざまな社会問題と絡み合っていることがわかります。

要は、「女性や非男性がこうむる社会の不利益を、男兄弟がいるとより一層それが顕著になる」ということ。これまでは賃金の格差など経済学の視点で捉えられてきた「ブラザーペナルティ」ですが、ここでは社会学の視点で、ブラザーペナルティを生む根本的課題に迫ります。

the reason of the gap between rich and poor a wooden blocks with an question mark, many coins, and two human toys
Seiya Tabuchi//Getty Images

「女性らしさ」によって強調される不平等

組み合わせやジェンダーが学歴に影響

日本では学校教育を終えるとすぐに就職することが多いため、学歴が収入格差を生む要因のひとつとなっていると考えられています。きょうだいの構成は、職業の選択を左右する学歴にどのように影響を与えるのでしょうか。

一般的に“男女”で構成されたきょうだい、つまりブラザーペナルティを受けるとされる環境の場合、男子の方が四年制大学への進学確立が高い傾向が見られています。研究はなかなか進んでいないものの、ほかにも「浪人を選択する女性が少ない」という傾向があるそう。ただしその原因が“させてもらえない”のか、年齢とキャリアなどの外圧によって本人が判断するのかなどは定かではないと言います。

school life in japan
D76MasahiroIKEDA//Getty Images

教育にかけられる資源は家庭によって異なり、また限界があるものです。親が子どもたちに資源を分け与えるときに、「男子に優先的に資源を投資した方が効率がいい」と考えており、それが学歴差につながっているのではないかという指摘があると苫米地先生。

一方で、男子だけのきょうだいの場合の四年制大学への進学確率が、それ以外の性別構成のきょうだいよりも低くなるという研究結果も。

「“男女”のきょうだいだと男子の方に親からの投資が偏る可能性があるますが、男子ばかりだと誰か1人に投資が偏らないように、と平等の意識が生まれる構造があるのかもしれません。家庭環境は自分自身で選べる要因ではないので、当事者としては苦しい思いをしているでしょう」

ただし、そもそも社会のなかでジェンダー格差があり、それが家族の内部にまで浸透している可能性も考えられます。一概にきょうだいの組み合わせによる影響だけで学歴に差が生まれるとは言い切れません。

たとえば四年制大学への進学率は、以前より男女差は小さくなっているものの、男子の方が10%上回っています。代わりに、女子は短期大学への進学率が男子よりも高くなっています。こういった、性別で進路や選択が決められているような現状は「ジェンダー・トラック」と呼ばれ、きょうだいの組み合わせだけで学歴への影響を判断する難しさはあるようです。

ヤングケアラーの問題につながりやすい

経済状況で家庭を比較したときに、“男女”のきょうだいがいて、かつ裕福ではない家庭の女性がもっとも教育や就職において不利になり得ます。経済格差の不平等さに加えて、ジェンダーの不平等が重なり、「男兄弟がいるから、自分は諦めなくては」という状況に陥りやすくなるそう。とくに女性はケア労働を担わされやすく、ヤングケアラーの問題にもつながっていきます。

「もちろんヤングケアラーとして大変な思いをしている男子もいると思います。しかし『女性がケアを担う』という考えが根強い社会なので、異性できょうだいが構成されている場合、女子の方がケアする立場になりやすいということは十分に考えられるでしょう」

ただし、ヤングケアラーの実態調査は比較的最近行われるようになったところ。性別による家族との関わりの違いは、今後注視していく必要があると指摘します。

lifestyle candid moment of a young brother sister walking together holding hands wearing sage green white casual summer wear in a west palm beach, fl garden, cuban american 4 year old toddler girl 1 year old baby boy both with brown hair
Crystal Bolin Photography//Getty Images

働き方や職業の選択は?

働き方や職業の選択は、賃金に直結するところ。たとえば結婚や出産を機に退職して正社員を辞めてしまうと、正社員として再就職するのは難しいという現実があります。苫米地先生はキャリアに関しては、ブラザーペナルティによる影響よりもジェンダーの違いによる影響やパートナーの考えの方が大きいのではないかと指摘します。

「出産を機に退職する人が多く、それによって非正規雇用や専業主婦を選択する人もいます。これはブラザーペナルティとの関わりというよりも、女性として起こり得るイベントの影響が強いのではないでしょうか」

一方、そういった選択の基盤となる部分において、一定の影響は考えられると分析。

「ただ、もし仕事の選択においてブラザーペナルティを受けている女性がいるとすれば、そういう人は(幼いころから家族のケア役割を担っていたり、自分が使えるリソースが制限されていて)そもそも非正規雇用の職に就きやすいという立場に置かれていると思います。そうなると、キャリアを継続していくイメージをもちにくいということも考えられます」

「姉だから」「兄だから」という意識が…

portrait of auto mechanics on the repair shop
FG Trade//Getty Images

そもそもこの「ブラザーペナルティ」という言葉はどこで生まれたのでしょうか?

苫米地先生によると、「 ブラザー アーニングズ ペナルティ(The brother earnings penalty)」という、兄弟間で賃金格差が生まれる傾向にあることが示された論文が参考になっているそう。

「感覚としては、生まれた環境が子どもの学歴や収入、容姿などに大きく影響することを指す『親ガチャ』という表現に近く、一般の方々にも印象に残りやすいキャッチーな言葉ですよね」

もともと母親であることによって社会的・経済的な格差が存在する「マザーフッド・ペナルティ」という言葉があります。マザーフッド・ペナルティは世界的にもさまざまな分野で活発に研究されているテーマだそう。ブラザーペナルティも同じように、家族内での役割や位置づけが個人の生き方に影響を与えるという考え方に基づくものです。

一方で、きょうだいの構成や立場によってなぜ不平等が生じるのかという研究は、世界的にもそれほど多くは行われていないと言います。日本で関心がもたれる背景には、「こうあるべき」という根強く残った規範が影響しているのではないかと分析。

「ほかの国に比べても、家族の役割や『兄だからこうしなさい』『姉だからこうしなさい』といった規範意識が強い日本だからこそ、話題になりやすかったのではないでしょうか」

“あるある”に名をつける

たとえば「食卓で“よい食材”は男子の兄弟に回されていた」など、きょうだいをもつ人が経験する日常のなんとなく引っかかっていたできごと。それらは「あるある話」として盛り上がったとしても、必ずしも万人が同じイメージをもっているわけではありません。

社会学を専門とする苫米地先生は、漠然としたイメージや先入観を、感覚ではなく誰もが納得できる根拠の裏付けとしてサポートできるよう、統計学を用いて研究しています。

「これまでに、きょうだいの組み合わせによって、学歴や職種にどのような影響があるのかという分析をしてきました。数字による証明ができれば、今はまだ名前の付いていない、なんとなく人々の間で感じているような不平等がある現状を突きつけることができると思っています」

きょうだい内での位置によって生まれる学歴や賃金の差を明らかにする研究は行われているものの、「なぜそのような差が生まれてしまうのか」という原因は、いまだ考察で止まっているのが現状なのだとか。

「きょうだいの構成は自分自身で選べるものではなく、家庭の状況によって影響の出方も一様ではありません。研究を進めても、ブラザーペナルティによる不平等の解決策を打つのは難しいものです。それでも少しずつ明らかにすることで、しんどさを感じている人の存在に気がつくきっかけにできればと思います」

ブラザーペナルティは解消傾向にある?

苫米地先生が実施した研究によると、子どもの人数が増えれば増えるほど、きょうだいの平均的な学歴が下がる傾向にあります。また先に生まれた子は、あとに生まれてくる子よりも進学などの選択が先になるので、確実に両親から投資をしてもらえる可能性が高いとされていました。

family eats in garden,pleasures of a happy home
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しかし、近年は親側も「子どもは平等に育てたい」という感覚が強くなっているため、生まれた順番による差が生まれにくくなっていると考えられるそう。

「今の20〜30代の親は、大学への進学率が急激に上がった世代。学歴や教育に対する価値観が高まり、きょうだいみんな平等に『教育を受けさせたい』という考え方が強まっています。逆に、自分たちが投資できる範囲の子どもの人数を選択していると考えることもできるでしょう」
「今後もブラザーペナルティと言われているような、不平等が残り続けるのかどうかは、注目していくべきだと思います。また、女性が自分のキャリアを歩むために、就業継続をする人が増えています。時間がかかるかもしれませんが、きょうだい内の立ち位置に関係なく、多様な選択肢の中から自由な選択ができるような社会になっていくといいなと思っています」

お話を伺ったのは…

 
苫米地なつ帆
苫米地なつ帆(とまべちなつほ)/大阪経済大学情報社会学部准教授博士(教育学)

専門は社会学(計量社会学・社会階層論)。家族やきょうだいの構成と個人のライフイベントとのかかわりについて研究