自分の人生は、自分でしか生きられないし、どう楽しんでいけるかは、毎日の選択と気持ち次第。どんな生き方だって、自分で選んできている人は、いつだって魅力的に見えるし、自然と心惹かれるもの。コスモポリタン日本版では、人生を謳歌しているさまざまな生き方を紹介していきます。

特定非営利活動法人ReBit 代表理事 藥師実芳さん

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Noriko Yoneyama

LGBTの子どもや若者たちを軸に、そのまわりで接する大人たちを含め、広くLGBTの社会的サポート支援を行っているNPO法人ReBit(リビット)」。その代表を務める藥師実芳さんは、女性で生まれ、男性として生きるトランスジェンダーだ。いくつもの壁を乗り越え、現在、アクティブに活動の場を広げるそのスタイルから、自分らしく生きるヒントが見つかった。

——まずは、ReBitの活動に至るまでの経緯を教えてください。

13人に1人、LGBTの割合は左利きと同じくらいにいる。

私たちは、LGBTを含めたすべての子どもたちが、ありのままで大人になれる社会を目指しているNPO法人です。もともとは200912月、私が大学2年のときに早稲田大学の学生団体として立ち上げたのが始まりで、2010年3月にNPO法人になりました。

現在、約13人に1人がLGBTであると言われていて、これは左利きと同じくらいの割合です40人クラスであれば3人ほどで、どのクラスにいてもおかしくはありません。しかし、先生の約9割がLGBTの知識をもっていなかったり、生徒たちも教わる機会がないというのが教育現場の現状なんです。LGBTへの正しい理解が進んでいないことで、イジメを受けたり、心と体の性の不一致に悩み自殺を考える若者も少なくない…。このような問題をなくすためにも、LGBTに関する情報を広く社会に届けたいと、さまざまな活動を行っています。

——具体的な活動内容は?

LGBTの子どもたちが胸を張って大人になれる社会作りをサポートしたい。

LGBTの子どもが大人になるまでのあいだに、大きく3つの場面(学校・成人・就職)で困難に直面すると考え、そこに対するサポートを行っています。

① LGBT教育

小学校から大学まで、全国各地にある学校で出張授業を年間150回ほど行っています。その際のポイントは、生徒との身近な距離感。いろいろと話をしやすいように、子どもたちと年齢の近い、大学生を中心とした若いメンバーで訪問するよう心がけています。よく「小学校1年生でLGBT教育はまだ早いのでは?」という声も聞きますが、そんなことはなく、みんな真剣に耳を傾けてくれます。それに、実は性同一性障害の子どもの約半数が、小学校入学前の段階で、体の性と心の性の不一致や違和感を感じているんです。そう考えると、少しでも早い段階で、生徒はもちろん、その子たちをサポートしてくれる先生方などまわりの大人たちにも、LGBTの正しい知識を届け、理解を促す必要があることを強く感じています。

また、LGBTについての教材制作にも力を入れていています。先生向けのものから、小学生の子どもたちでもわかりやすく読めるものまで幅広いラインアップがあり、今後もバリエーションは増やしていきたいですね。

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Noriko Yoneyama

LGBT成人式

LGBT成人式」は、全国13地域でやっている年代・セクシュアリティ不問のイベントです。そもそも、この成人式を開催している理由は、成人式に参加できないLGBTの若者が多かったから。着たくない性別の晴れ着を着なければならない、地域でカミングアウトしていないから嘘をつかなければいけないなど、理由はさまざま…。もちろん、成人式に行かないのは個人の自由だと思います。でも、地域の中で胸を張って大人になれないのだとしたら、それは社会課題だよなと。なので、LGBTの子どもたちが大人になる節目で、きちんと祝福される場所を作ろうと考え、始めました。今年度で開催6年目を迎えるLGBT成人式は、全国で大学生や若者が主体的に運営をしています。こうした機会が、将来的に地域の若手リーダーの育成にも繋がると嬉しいですね。

③ LGBT就活

私が大学生のとき、サークルの先輩から「トランスジェンダーの自分はどうせ働けないと思うから死のうと思う」と言われたことがあります。当時、返す言葉が見つからなくてとても悔しかったのですが、それほどに就活はLGBTにとって難しい壁となることがあるんです。その理由を考えてみると、ロールモデルがいないため将来を描けなかったり、就活時に書類や服装などで男女が区別されるためエントリーすることに障壁があったりするなど、スタート段階でつまずき、先に進めないことも多いように思います。企業も、LGBTの就活生を想定していないため、どう接していいのかわからず、中には「帰れ!」と差別的な対応をしてしまうといったハラスメントが生じる場合もあります。

LGBT就活は、10〜20代のLGBTの「はたらく」をサポートするため、3年前にスタートしたんです。企業とタイアップしてインターンを実施したり、新宿区にLGBTキャリア情報センターを立ち上げ定期的に相談会を開くなど、これまでに500人ほどのLGBT就活生の応援をしてきました。同時に、企業側にもLGBTへの理解を深めていただくことが大事と考え、企業研修も行っており、昨年度は100社を超える企業の担当者様にご参加いただきました。

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NPO法人「ReBit(リビット)」
学校でのセミナーの様子

——LGBT13人に1人の性的マイノリティであるならば、日本の企業でもLGBTの方が働いていない組織のほうが少ないはずですよね。

日本では、LGBTが職場でカミングアウトをするハードルはまだ高い。

そう認識しています。ただ、職場でカミングアウトするのはかなり難しく、実際にLGBTのうち、職場の同僚にカミングアウトしている割合は4.8%というデータもあります(電通ダイバーシティ・ラボ LGBT調査 2015年4月 LGBT500人への調査)。2020年に開催される東京オリンピックの五輪憲章の中にも「性的指向による差別禁止」が明記されたことで、これから組織内でLGBTの社員を受け入れる体制づくりを進める職場は増えています。LGBTがカミングアウトをしてもしなくても、安全に自分らしく働ける職場が増えるといいですね。

——ご自身がトランスジェンダーであることをカミングアウトされるときに感じた葛藤や悩みは?

私は、男性も女性もすべての性が恋愛対象になる「パンセクシュアル(全性愛者)」。体の性は女性として生まれましたが、小さい頃から自分は男性だと思って生きてきました。そして、初めて好きになったのは女の子でした。

父の仕事の関係で幼少期をアメリカで過ごし、小学4年生のときに日本に戻ってきたんです。先生が早くクラスに馴染めるように、女の子グループへ入るように促したのですが、シール集めやプロフィール帳の交換といった、女の子たちの遊びにはどこか違和感があり、むしろ男の子たちと外でドッジボールをしたいなとずっと思っていました。

本当の自分を知るきっかけをくれた『金八先生』。

自分の中で複雑な思いを抱えながら過ごしていた小学6年生のあるとき、ドラマ『金八先生』で性同一性障害の役を見て、「自分はこれだ」と思ったんです。しかし、その描かれ方が、クラス中からイジメを受けるなどとてもツラそうで…。それが事実かどうかをネットで確かめてみようと思い、親が寝た後に居間のPCで「性同一性障害」について調べる日々が続きました。

しかし、そこに書かれていたのは「体の性を男性に近づけるための治療をすると寿命は30歳」や「日本では差別がひどくてとても働けないから海外へ行こう」といった嘘の情報ばかりでした。正しい知識のある現在であれば全てがデタラメだとわかりますが、当時の私にはそこに出ている情報がすべて。まるっと信じて、とにかくバレないように生活をしようと決めました。まわりの女の子たちと同じようにティーン誌を読み、服装も無理をして制服のスカートを短くして…。女の子の真似をしているうちに、もしかしたら心の性もそうなれるかもと願ってもいたのかもしれません。しかし、医学的にも証明されているように「心の性は医学的にも変えられない」ため、苦しさが募りました。

命を絶とうとしたあの日、死ぬ気でカミングアウトしようと決めた。

明るく楽しく友達も多い優等生タイプの女子学生の自分と、本当は男性だとわかっている自分。この2つの自分がだんだんと乖離していき、毎晩布団の中で泣くという日々が続きました。そして高校2年のある日、ついにその思いはピークを迎え、通学の帰りの電車に飛び込もうとしたんです。幸い、轢かれることはなかったのですが、それをきっかけに「死んだ気になってカミングアウトしよう」と決意しました。

まず、ふわふわのパーマのかかった長い髪をバッサリ短髪にして、クラスの中で話やすい女友達を校庭のハナミズキの木の下に呼び出し、打ち明けました。「…うちね、性同一性障害だと思う」このひと言が口から出るまで30分、ずっと涙が止まりませんでした。しかし、それを聞いた友達が「藥師は藥師だからいいじゃん」と言ってくれたんです。ああ、受け入れてくれる人がいるんだなと安心感を覚え、それから親しい友人にも少しずつ公表できるようになっていきました。

——これから男性として生きていこうと決意されたのもその時期ですか?

LGBTの仲間たちとの出会いが、自分らしく生きる勇気を与えてくれた。

大学生になったら男性として生きようと決めました。その後、早稲田大学に入学したのですが、いきなり男性の生活に切り替えるといっても、どのようにすればいいのか…。そんな戸惑いを感じていた20歳くらいの頃、幸いなことにLGBTの大人たちと出会う機会が増えてきたんです。そこで、LGBTでも好きな仕事に就けているというポジティブな話を聞くこともできたし、何よりみなさんが自分らしく生きている姿に感銘を受けました。そうした出会いが、私に男性として生きる自信を与えてくれたんだと思います。大学サークルのメンバーにもカミングアウトしたり、LGBT関連のイベントを主催するよになったり…。そうした中でサポートしてくれる仲間も徐々に増えていったので、自分らしく生きやすくなっていきました。

——中でも、親御さんへのカミングアウトは、さぞ勇気がいったと思いますが…。

「産んでごめんね」の本当の意味を知ったとき、母の思いをはじめて知った…。

高校の卒業式の後に話をしました。すでに男の子にしか見えないような格好ばかりしていたので、きっと気づいているだろうと思い、母に「もう知っているかもしれないけど、性同一性障害だから、大学に入学したら男性として生きていくよ」と伝えました。しかし、母はまったく気づいていなかったようで、そう告げた瞬間、膝から床に崩れ落ち、涙をいっぱいこぼしながら何度も「産んでごめんね」という言葉を繰り返したんです。当時の私は、それを「性同一性障害の子どもなんて産まなければよかった」という意味に捉え、それから3年ほどはほとんど実家に帰らない日々が続きました。

でもあるとき、母は「自分の育て方が悪かったのではないか」と母自身を責めていたのだと知ったんです。小さい頃の私が、LGBTの正しい知識をもたずに苦しかったのと同様、母も苦しめてしまったのだと…。そう気づいたとき、改めて情報の重要性を感じ、それが現在行っているLGBTの情報の普及啓蒙にも繋がっています。

そんな母も、今はReBitを応援してくれていて、本当に感謝しています。

——LGBT関連でさまざまな活動を行われていますが、今後の展望を聞かせてください。

「誰かと違う」と感じる子どもを肯定したい。

2020年までに全国の小中高を併せて5万5000校にLGBT教育を届けきることがひとつの目標です。

その先は、さまざまなマイノリティ性をもつ子どもたちや「誰かと違う」と感じている子どもたちを教育面でサポートしていきたいと考えています。教育現場が変わることで日本中の子どもたちがありのままの自分でいられる空間が広がると思っています。

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Noriko Yoneyama

——LGBTであることを社会に対してオープンにするということは、「自分らしく生きる」ということに繋がると思います。最後に、自分らしく、アクティブに活躍を続ける薬師さんの信念を教えてください。

若者たちが自分らしく前進するきっかけ作りを…その思いが私の原動力。

自分らしく生きる…なかなか難しいことですよね。私もそれができているのか、未だによくわかりません(苦笑)。しかしながら、私を突き動かすものがあるとするならそれは、ReBitのメンバーや各地域で活躍する先輩・同年代、少し年下の学生たちの姿です。仲間たちが、さまざまな出会いや経験を通じ、初めて会った当初からは想像できないほどに変わっていく姿を見て、負けていられないなと思いますね。

いま、社会の中でLGBTがトレンド的に注目されていたりもしますが、現実はもっとシビアで、多くの人が生きづらさを感じながら生活しています。いつの日か、「ナスが嫌いだ」「左利きなんだ」というのと同じくらいの感覚で、「国籍が日本じゃない」「ゲイなんだ」など「誰かと違う」ことを当たり前に言える社会になったらいいなと思っています。そこはきっと、LGBTを含めた全ての人がありのままで大人になれる社会だろうな、とも。そのために私ができることを、いろいろな方たちと連携しながら今後も頑張っていきたいです。


自分らしく生きるパワーをくれたLGBTの先輩たちのように、これからは自分が次世代の若者たちの力になりたい…。薬師さんが走り続けるレールの先に見据える社会は、性別という枠組みを越えて、すべての人が認め合える世界に違いない。

【薬師さんから学んだ仕事をより充実させるためのヒント】

・人と直接対話する機会を大事にする

・常に将来像を見据えながら、早めに目標や計画を立てて動き出す

・まわりにいる仲間たちへの感謝の気持ちを忘れずに

・笑顔を絶やさず、努めて明るく!


【LGBT 学生が集う日本初の就活イベント参加申し込み受付スタート!】

Rebitが主催するLGBTを対象とした日本初の業界横断型イベント「RAINBOW CROSSING TOKYO」を2016年10月8日に開催。「自分らしくはたらく」をテーマに、パネル・ディスカッションや企業と参加者の交流もできるそう公式ホームページ申し込みフォームより。

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主催:NPO法人ReBit