ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。

そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。

【INDEX】


監修:田村祐希子弁護士

秘密録音の証拠能力

相手に無断で音声を録音した場合、裁判で証拠として成り立つ可能性があるのかは「刑事訴訟」か「民事訴訟」かによって異なります。

刑事訴訟」では、検察官が起訴した人(被告人)について、裁判でその人が有罪かどうか、有罪ならどのくらいの刑にするべきかということを判断します。そのため、刑事事件では証拠として利用するものを厳格に制限しており、私人間において無断で録音された音声のうち、特に供述録音については、原則として証拠能力が否定されると田村弁護士は言います。

一方、主に市民と市民の間に生じる争いごとを判断するための手続きである「民事訴訟」においては、違法に収集された証拠であっても、基本的に証拠として成り立つと考えられているそう。

「民事の裁判だと、たとえば夫が浮気相手を住まわせていたマンションの郵便受けから、妻が無断で持ち出した手紙に証拠能力が肯定されたり、契約当事者間における会談の内容を無断で録音したテープの反訳が証拠として認められたりしています。民事では証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在せず、訴訟手続を通じた真実の発見等の目的のため、みなさんの想像以上に、違法に収集された証拠であっても訴訟上の証拠能力が認められています」

しかし、音声データの取得にあたって著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格的侵害を伴う方法を用いた場合は、証拠能力が否定されます。

「たとえば、拘束してナイフを突きつけて証言させた供述などは、証拠能力が否定されるでしょう」
「また、職務上守秘義務を負ったり、非公開で録音しない運用となっていたりする会議の秘密録音等も、後々裁判所が証拠として採用を認めれば、違法行為を助長することにつながるため、証拠能力が否定されると考えてください」
ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。 そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。
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秘密録音の法的効力

そんな秘密録音のデータは、法律の場でどのような効力を持つのでしょうか?

一般的に、録音した音声は書面上の証拠と同じく取調べを受けられるもの。しかし、ハラスメントなど事が起こった場所で録音する「現場録音」と、浮気をしたことを認めたり謝罪したりする発言を録音する「供述録音」とでは証拠の効力が違ってきます。

現場録音

田村弁護士は、「現場録音」の方が「供述録音」よりも証拠価値が高いことが多いと説明。たとえば、DVやパワハラが“密室犯罪”と言われるように、当事者しかその場に居ない場合は、後々「言った・言ってない」が争点になることも。この場合は、被害者側が立証責任を負うと考えられているため、事実があっても立証不十分となり、裁判所で戦い抜けないケースがあります。

そのため、被害に遭いそうなときに「現場録音」によって、その場の生の事実が残されていれば、裁判の場で非常に有利に活用できるのです。

供述録音

供述録音の場合も、使い方によっては十分証拠価値を持つ可能性があります。しかし、実際に誰が言っている言葉なのか、どういう場面で話しているのかがわからないといった不安定な一面も。そのため、供述を残す場合は、文面で残す方法がないか検討してみた方がいいでしょう。

秘密録音のメリットとデメリット

相手の承諾なしに録音された音声データは、「現場録音」か「供述録音」かによってメリットやデメリットが異なる場合もあります。

メリット

  • 現場録音の場合
    現場録音のメリットは、事実をそのまま残せるという点。特にDVやハラスメントは密室で起こることが多いため、そのような場面で当事者の記憶以外で記録できるのは有用です。
  • 供述録音の場合
    供述録音の場合は、たとえば不貞行為など、相手がその場は認めていたり反省していたりしても、後々撤回する可能性が高いものには有用だと田村弁護士は言います。
「相手に文面で書かせるのは、人間関係的にも仰々しくて難しいこともあると思います。今は認めているけど、離婚裁判が始まるとどうしても保身に走り、『そんな事実はなかった』と言われる可能性があるので、『供述録音』を録っておくといいでしょう」

デメリット

前述のとおり、秘密録音のデメリットは「現場録音」と「供述録音」共に後々証拠能力が否定される可能性があるということ。また、秘密録音はどうしてもプライバシー侵害の問題にも関わり、逆に損害賠償請求を受けるリスクもあります。

  • 現場録音の場合
    さらにセクシャルハラスメントなどの現場録音の場合、たとえばスカートに手を入れられるといった動作は、音声で立証が難しいというデメリットも。

「急に事件に巻き込まれ、咄嗟にスマホで録音する場合、残念ながら雑音が入ってしまい、後々聞き返してみると上手く録音できていなかったということも多いです。録音機器をメモ代わりに利用して、記憶が鮮明なうちに今経験したばかりの出来事を音声で記録しておくことも有用です」

  • 供述録音の場合
    供述録音の場合は、どうしても会話の文脈が分かりづらいといったデメリットがあります。
「たとえば、『出張に行ってた日にA氏と会ってよね?』や『肉体行為があったんじゃない?』といったように、人の会話では一つの質問の中では正確に主語・述語・目的や日時場所等についてきちんと裏付けができるわけではありません。自白にかかる『供述録音』を録ったつもりでもいざ聞き返すと立証不十分な録音内容であることも多いです」

そのため供述録音の場合は、文面で取り付けた方が、証拠価値が高くなることが多いそう。しかし、音声であればそのときの声色や臨場感、そして雰囲気や会話の流れと共に録音ができるため、ケースによっては文面以上に付加価値を持つこともあるのだとか。

ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。 そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。
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音声データとして残しておくべきシーン

では、どのような場面で秘密録音をしておくべきなのでしょうか?

現場で音声データとして残しておくべきなのは、ハラスメントやDVの場面。DVなどは日常的に繰り返されるもののため、また同じ目に遭うかもしれないと思ったら、準備をして音声データに残しましょう。また、証言が撤回されやすい場面や文書にすることは難しいけれど、証言であれば会話の中で録音できる可能性がある場面でも、残しておく価値があるそう。

「泣き寝入りを避けるため、ご自身の身を守る手段として録音を活用しましょう。ただし、秘密録音がプライバシー侵害の危険をもつ点は忘れないでください」

秘密録音の際の注意点やポイント

音声データを有効活用するためにも、取得する際の注意点やポイントを事前に確認しておきましょう。

「現場録音」の場合は、日時と場所を録音する

音声データは、日時がわかるように録音すると、より有用な証拠となる可能性が高まります。 事が起こってしまったときは、相手が去った後でいいので「○月○日、○時○分、〇〇(場所)で録音しました」と一言入れておくことが大切。

また、せっかく録音した音声データの日時が分からなくなった場合でも、たとえば、一緒に録音されたテレビの音声等から番組表と時間帯を照らし合わせて日時を特定することが可能となる場合もあります。

動作を言葉にする

録音のデメリットである、「動作は音に残らない」という点。しかし、服の中に手を入れられたときに「触らないで」と拒否したり、暴力を振るわれたときに「こっちに向けて物を投げないで」と諭したり、動作を言葉にすれば音声として証拠を残すことが可能です。

咄嗟に動作を言葉にするのはなかなか難しいものの、音声として残しておけば後に行為を立証できる場合があると田村弁護士は言います。

相手の言葉を聞き返す

供述録音の場合は、相手に「そのとおりだよ」と言われれば「何について?」と相手による発言を求めたり、「あなたはこの時に、ここにいたということだね」と、内容を整理して聞き返したりすることも有効。相手との対話を通じて、対象事実を特定することが可能になります。

実際に音声が聞き取れるかを確認しておく

ICレコーダーなどを使用して計画的に録音する場合は、マイク部分が服の中で隠れていないか、雑音が入っていないか、など実際にその状態で音が録れるかどうか確認しておくと◎。

また、相手と距離があっても声が拾えるのかも、事前に確認しておきましょう。

録音機器の設定日時を確認する

スマートフォンで録音する場合、正しい時間が自動で保存されます。しかし、別の機器の場合は初期設定日時のままデータが保存されてしまうことも。事が起きたときの正確な時間は重要なので、機器の設定日時がずれていないことを確認してください。

ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。 そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。
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証拠の改ざんの可能性

最近では、アプリで簡単に音声が編集できたり、ディープフェイクなどで誰かの声を作り上げたりすることもできます。「録音や録画は、裁判所で信憑性のある証拠として採用されないのではないか?」と感じる人もいるかもしれませんが、基本的には音声データにも証拠価値があると思っていいと田村弁護士は言います。

しかし、裁判所は科学研究所のように技術を用いて真実を解明してくれる場所ではなく、「当事者が提出した証拠が偽造されたものではない」という前提に立って審理を進めるため、完璧な判別はできないと田村弁護士は説明します。

「音声データの日時や音声が改ざんされている可能性はあるものの、残念ながら裁判所は率先して真実を明らかにしてくれるわけではありません。そもそも、改ざんした証拠を裁判所に提出することは禁じられています。仮に、相手方がこちらの証拠を否定する内容の証拠を提出してきた場合、別の方法で立証を試みていくべきでしょう」

さらに、供述録音をする際は「あえて小さく音楽を流しておくこともポイント」だそう。

「一連の会話の流れであることを証明するために、音楽が流れている場所で話すこともおすすめです。質問している最中に音楽が途切れていれば、音声が編集されているとわかりますよね。また、喫茶店など周囲の会話等の雑音が入る場所での録音も、同じように編集がないことを裏付けることに繋がります。ただ、雑音が大きく入ってしまって自分たちの音声が録れないこともあるので、そこは注意してください」
ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。 そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。
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音声データを取り扱う上での注意点

秘密録音後のデータの取り扱いについては、以下のことに気をつけましょう。

プライバシー侵害に気をつける

音声データを取り扱う際は、プライバシーへの配慮が大切。パソコンにバックアップする際、もしデータが漏洩すれば、プライバシー侵害が拡大する可能性があるため、気をつけましょう。また、録音機器の紛失にも細心の注意を払うべきです。

「第三者に音声データを聞かせる際にもプライバシー侵害に十分に注意してください。友達や親族などに聞かせる場合、その人たちが秘密録音の対象者にとっても大事な人であることがあります。誰かに一緒に録音を聞いてもらいながら相談に乗ってもらいたいと思うお気持ちは分かります。しかし、プライバシー侵害を最小限に抑えながら適切な助言を得るために、専門家に相談することをおすすめします。弁護士や警察などの第三者機関にデータを渡すことは、正当な防衛行為の一環といえるので、基本的に違法にはなりません」

意図しない改ざんに注意

大事なデータだからこそコピーを用意したいという人もいるはず。しかし、コピーやアップデートをすることによって二次保存の日時が残ってしまうこともあるため、必ずオリジナルデータの日時を残しておくようにしましょう。

「秘密録画」の場合の証拠能力

秘密録音同様、無断で撮影した動画も民事においては証拠として認められる可能性が高い、と田村弁護士は解説。また動画の方が立証できる事柄が増えるため、その分証拠価値が高くなる可能性が高いとのこと。

その一方で、プライバシー侵害の度合いが高まるので注意も必要です。

「スマホの録音アプリより、カメラアプリの起動のほうが慣れている方も多いと思います。カメラアプリは、撮影によって音声データを残すことができますので、有効活用してください。また、最近で一番録画が活用されているのは、やはりドライブレコーダーですね。自分が交通違反をしていないことを立証してくれる安心の媒体として普及し、実際裁判でも証拠能力が認められています」
ハラスメントや性暴力など、とくに密室で被害に遭った場合に証拠がなくて泣き寝入りの状態になったり、立証できなかったりした…という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。 そんなときに、証拠の一つになる可能性があるのが「音声データ」。今回は、相手に許可を取らずに録音した「秘密録音」の場合の有用性やポイントを、弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所の田村祐希子所長弁護士に取材。気になる点があれば、まずは専門家に相談してみましょう。
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田村弁護士からのアドバイス

この記事を目にされる読者のなかには、今被害に遭われていたり、録音をしようと考えて悩まれていたりする方もいると思います。

無理やり自白を取っても証拠価値が認められない結果に終わることもあります。また、音声データを出すタイミングによっては、相手がいくらでも言い訳できる状態になり得ます。

証拠を入手できた場合、「こう言ってましたよ」とすぐに相手に録音データを出してしまいたくなるかもしれません。しかし、いざというときまで保存しておき、然るべきタイミングに出すことで結果が大きく変わることもあります。同じ内容を立証するにあたっても、録音の取り方や提出の仕方によってはプラスにもマイナスにもなります。ぜひ、お悩みの場合は弁護士などにお気軽にご相談してください。


田村祐希子 弁護士

秘密録音が問題となることが多い離婚、男女問題、労働問題等、幅広い分野を扱う。 書籍「改訂版qa交通事故加害者の賠償実務」を執筆。共犯被疑者事件では20名を超える被疑者全員の不起訴を勝ち取った経験あり。 近年は保険会社向け勉強会や企業向け講演会等の講師も務める。
Yukiko Tamura


弁護士法人愛知総合法律事務所 東京自由が丘事務所 所長弁護士。
秘密録音が問題となることが多い離婚、男女問題、労働問題等、幅広い分野を扱う。書籍「改訂版Q&A交通事故加害者の賠償実務」を執筆。共犯被疑者事件では20名を超える被疑者全員の不起訴を勝ち取った実績あり。近年は保険会社向け勉強会や企業向け講演会等の講師も務める。