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二年前の冬、私は久しぶりに生まれ故郷の港町に戻っていた。母の葬儀のためだった。関西の大学に進学してから滅多に戻ることがなかったのは、この町の暗い雰囲気が嫌いだったから。父は二十五年前にすでに他界しているので、故郷に戻ることなんて、あとは母親が死んだ時ぐらいだろうとずっと考えていた。ついに、その時が来たというわけだ。

葬儀が終わり、関西に戻る前に駅前通りをひとりで歩いてみた。ほとんどの店舗のシャッターが下りていて、まったく活気がない。大好きだった書店も潰れていた。わずかな小遣いを握りしめて通ったパン屋は、かろうじて店を開けていた。名前は「パリジャン」。思わず立ち寄って、昔よく食べたコーンパンを買った。一個50円。昔は30円だったと思う。

パン屋を出て少し先の角を曲がりしばらく歩くと、懐かしい総菜屋が開いていた。働いていた母は私と兄の夕食の仕度に難儀していたようで、この店の総菜はいつも食卓に上っていた。一番よく覚えているのは、妙に赤い色をした甘ったるい焼き豚だ。タレが入ったプラスチックの小さな容器までよく覚えている。薄くスライスされ子供にも食べやすく、大好物だった。父はビールのつまみによく食べていた。

店に入ってみた。店頭に、あの懐かしい焼豚が吊り下げられている。すっかり年をとったおばちゃんが出てきたので、さっそく焼豚を注文すると、切り分けてパックにいれてくれた。店主のおじさんも現役だろうかと店の奥をのぞき込むと、元気そうに働いていた。私のこと、覚えていますか? と聞きたくなる気持ちをぐっと抑えて店を出ようとした時、壁に貼られた紙が目に入った。

長らくご愛顧いただきましたが、今月末をもって閉店いたします。ありがとうございました。

そっか……。母と一緒に買い物をして歩いた、活気のあった駅前商店街。揚げたてのコロッケやはるさめサラダ。この店でいくつも総菜を買い込んで、手を繋いで家に戻ったものだった。この店が無くなってしまえば、母とのそんな瞬間も思い出せなくなるのだろう。私のことはもうすっかり忘れてしまっている様子のおばちゃんとおじさんには、結局、声をかけずに店を出た。

あの懐かしい焼豚はもう食べられなくなったけれど、食べ盛りの息子達のために、頻繁に自宅で焼くようになった。肩ロースの塊を醤油に数時間つけ込んで、オーブンで焼き上げる。少し冷まして切り分けて出すと、あっという間に皿は空っぽだ。子供の頃の私と兄も、こんな風にあの焼き豚を食べていたのだろうかと、近頃の私は考えるようになった。

材料

・豚肩ロースのかたまり肉 500g

・醤油 適宜

・ローズマリー 適宜

作り方のポイント

豚肩ロースを塊のまま、ローズマリーとともに醤油につける(ビニール袋を使うと簡単!)。数時間冷蔵庫で漬け込んだから、180度のオーブンで30分。焼き上がったらしばらくオーブンの中で休ませる。ソースはお好みで。ちなみにわが家の男子には、刻んだ胡桃を入れたバター醤油が人気です。

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