イギリス在住10数年の著者が、いざロンドンで家を買うことに。しかしこれが想像を絶する大変さ…! 海外生活の厳しい現実を乗り越え、マイホームを手にすることはできるのか? これは「ガイジン」としてイギリスに暮らす日本人夫婦の、汗と涙と怒り、もはや笑い?にまみれた戦いの記録です。(連載6回)

前回のあらすじ:

「運命の家」を探し当て、購入手続きを進めていると大問題発生! その家に住んでいる賃借人夫婦が出て行ってくれない! 退去期間を過ぎても一向に引っ越す気配のない「居座りカップル」に困り果て、売主はとうとう法的手段に出ることに。

■売主、裁判所に訴える

実はこういう「賃借人の居座り」はイギリスではよくあることなのです。どうしても立ち退かない場合、大家は裁判所に訴え、賃借人の立ち退き命令を裁判所から出してもらうことができるのです。

売主A氏がそこそこやる気だったので、私たちも考えた末にそれに賭けてみることにしました。いくらなんでも裁判所命令が下ったら、フツ~の人なら出て行くはずです。

もう1つ、この物件を私たちが諦めきれなかった理由がありました。それは銀行でローンを組むときに掛かる手数料(というのがあるのです)約16万円(1,000ポンド)と、ソリシター費用約20万円(1,200ポンド)は今キャンセルしてももう戻ってこないからです。

私たちは再度別の短期滞在できる仮住まいを探し、あと3カ月だけ待つことにしました。

2015年1月、売主A氏は居座りカップルの立ち退きを求め、裁判所に訴えました。

そして裁判所は、3週間ほどで立ち退き命令を出しました。これに対し、居座りカップルが「この命令は不当である」と反論すればその旨も審議されますが、彼らは反論せず。正式に「裁判所からの立ち退き命令」が確定したのです。

ああこれでやっと終われる~~!

…はずでした。

が、あ、甘かった…。

なんと裁判所命令が出ても、彼らはまったく引っ越しする気配を見せなかったのです。

これには正直誰もが驚きました。

この裁判所命令は「民事」ですので、命令を遂行しなくても逮捕されるわけではありません。でもこの裁判所命令が出れば、大家は裁判所に「執行人」の派遣を請求でき、家の鍵を変え、強制的に賃借人を締め出すことが可能になるのです。

そうなったら居座りカップルは本当に行き場がなくなります。フツ~の人なら、ここでいいかげん観念しますよね。

しかし居座りカップルはフツ~の人なんかじゃなかったんです。ここまで性根が座っているとは…ある意味アッパレです。

でもここまで来たら、私たち「追い出したい組」の勝利は目前です。2週間たっても出て行かないなら、あとは売主A氏が執行人の請求をし、鍵を変えたら終わりなのですから。

【ロンドンで家を買う2】まさかpinterest
近くを流れるテムズ川。夏になると川岸はピクニックをする人たちで溢れます。

■勝ったのはどっち!?

「人生には上り坂、下り坂、そして"まさかの坂"がある」

結婚式でよく聞く決まり文句ですね。ここまでの1年でもう何度下り坂を転げ落ちたことでしょう。

でももう平気。もう下る坂なんてないもの! と思っていましたが、最後の坂は本当に"まさか"でした。

裁判所命令確定の数日後、売主A氏から信じられないメールが届いたのです。

「妻(←突然初登場)に相談しました。ここまでの売却プロセスに、私はほとほと疲れました。実はアナタたちに売却することに決める前にもいろいろなことがあり、もう1年以上に渡り私は戦ってきたのです。もう疲れました。なので、売るのをやめたいと思います。いままで長く待たせてすみません。でも私は疲れたのです…」

し、信じられない…! 

あと1歩まで来たのに、ここで売主A氏が「売らない」と言ってきたのです。

アナタもお疲れかもしれないけれど、私たちだって疲れているのヨオォォォォ~~!

すぐさま返信し、「そんなことを言わないで頑張ってよ。私たち、もう少し待てるから。ここまで待ってきて、裁判所の命令も出てあと1歩じゃない。諦めないでっ!」

絶叫にも近い、必死の懇願メールを送ったものの、売主A氏の意志は固く、

「再度、妻に相談しました。もう疲れました。売却を取り下げます」

……(絶句)……!(叫ぶ声も出ない)

家購入を決意して1年。「運命の家」に出会って9カ月。2度も仮住まいを変えて待った半年。

銀行やソリシターに払ったお金、2回の引っ越し費用、仮住まいの家賃、倉庫の費用、そして何より多大なる時間が全部パァ! こっぱみじんに砕け散った瞬間でした。

掛かった費用を請求できないのかって?

できません。

「仮契約」までいけばそういった交渉も可能になるのですが、まだ「売却合意」という段階では、双方キャンセルが可能なのです。

つまり勝ったのは居座りカップルだったんです。

目の前が真っ暗になった私たち。戦いの果てに残ったものは、「2軒目の仮住まいからもあと2週間で引っ越さなくてはならない」という現実でした…。

第3回は、いろんなことがまかり通ってしまう、イギリスの不動産事情についてお届けします。

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