私はイギリスの女性が好きだ。そう言うと「え!?」と驚く日本人は多い。彼女たちは、欲張りで自己中心的なところがあるし、面倒臭いタイプも多い。それでも私はイギリス人女性が好きなのだ。理由は、彼女たちの自立心と「欲」のあり方。

今回は、現在までにイギリスにトータルで16年暮らしている私自身が体験した、彼女たちの「欲張り」エピソードを振り返りたいと思う。

【「もっと上に行きたいのよ」と言ったゾーイ】

もう20年近く前、留学の準備のために英語をせっせと勉強していた頃。東京でゾーイというイギリス人の女の子に出会った。イングランドの大学で法学部を卒業したばかりの彼女は、東京でバーテンダーをしていた幼馴染の彼に会いに東京に来ていた。

英語の全く話せない私を飲みに誘ってくれ、英和辞典片手に都内のイングリッシュパブで何時間も恋愛や生き方について話をした。

その後、ゾーイはバーテンダーをして気ままに暮らす彼に愛想を尽かして、カナダ人のビジネスマンと結婚してしまう。「彼がちょっと可哀想じゃない」と言うと、彼女は意外な告白した。

「彼には悪いと思ってる。でも私はもっと旅がしたい、自分の才能を活かしたい、もっと上に行きたいのよ。彼はそんな私の気持ちがわかっているとは思えない。私はそれを彼に伝えるつもりでイングランドから来たのよ」

とはっきり言い切った。これが、私の最初のイギリス人女性との交友関係だった。自信に満ちてハキハキして、年下なのに姉のような暖かさのあるゾーイが、私には眩しかった。

【気の向くままに生きるOver 60s】

院生時代の作品pinterest
Eiko Yamashita
院生時代の作品

2001年、私は助成金を受けてイングランドに渡った。が、苦労して英語を勉強したにもかかわらず、大学院では悪戦苦闘の日々だった。

こちらにやってきて、意外だったのは、私の在籍した大学院の修士コースの同級生の多くが、60歳以上の引退した中産階級の女性達だったこと。言葉やコミュニケーションで苦労しているアジア人の女子を可哀想と思ってくれたのか、彼女たちは私に対して親切だった。スタジオで声をかけてくれたり、家に招待してくれたり、中にはパリにある別宅に招待してくれた同級生もいた。みなそれぞれ、アクが強くユニーク。

彼女たちと話して目から鱗だったのが、欲しいものを諦めない姿勢。アーティストとして成功したい、注目を浴びたい、そう思ったらとりあえずやってみる。知的好奇心が衰えない。インドに行きたければ行く、ロクでもないボーイフレンドは追い出す、気に入らなければ堂々と言う。日本にいたら出会えなかった人たちだ。

私の修士コースは散々なものだったが、彼女たちと過ごした1年は刺激的でとにかく面白かった。

【日本人は「母親でいる事を楽しめ」といい、イギリス女は「脳内で作り続けろ」と言った】

スタジオ風景pinterest
Eiko Yamashita
スタジオで生徒に指導する恩師。曲がったことが大嫌いだけど、自立していて努力家の、昔ながらの英国人。

大学院修了後、私はエディンバラで結婚した。しばらくして子供が生まれると、もう自分の「欲」に対して忠実でいるわけにもいかず、作品が作れずにモヤモヤとした思いで暮らす日々が続いた。

そんな時、日本人のママ友は「今は、子供が一番大事、母親でいることを楽しみましょう」となぐさめてくれた。ただ、正直なところ、そのなぐさめの言葉はむしろ「育児が楽しくない自分」を追い詰めることになった。

ある時、ふと思い立ってロンドンに住んでいる恩師を訪ねた。彼女は修士時代に落ち込む私を助けてくれた大恩人だ。彼女に会って話したかった。キューガーデン近くの家に会いに来た私を温かく迎えてくれた彼女は、作品が作れなくて落ち込む私にこう言った。

「女の人生には、色々な理由で作品が作れない時期が来る。でもそんな時でも頭の中で作り続けるの、決して作ることを諦めちゃダメなのよ」

別のイギリス人のママ友たちは、ある日私の絵を見てこう言った。

「あなたが才能ある人だなんて、何年も付き合っていたのに知らなかった。あなたは時間を無駄にしてる。ご飯じゃなくて作品を作るべきなのにやるべきことをやってないのよ!」

彼女は息子を愛情たっぷりで育てている母親でもあるが、欲張りで、仕事も子育ても遊びも精一杯やる人。「やるべきことをやってない」と言われて目が覚めた。

日本人の友人の優しさにも感謝しているが、私のアートに純粋に興味を持ってくれたイギリス人の友人がいなかったら私はツラい時期を乗り切れなかっただろう。

【「欲」は疲れるが、生きる証でもある】

ワークショップ開催pinterest
Eiko Yamashita
日本でのワークショップ。若い人たちにアートの良さを知ってもらう活動を増やすのが、今の目標。

今も試行錯誤の毎日だが、失敗ばかりで成功なんか10回に1回程度。今でも金銭的な大黒柱は夫で、私の収入は、絵の教室や他の仕事がメインで、絵で稼ぐお金はスズメの涙。思っていた以上に外国での自立が厳しいことを思い知った。

それなのになぜ続けるの」という問いに答えはない。ただ、自分にとって作り続けることは自分と世界を繋ぐ行為。作る事が自分の幸福であり「欲」なのだ。完全にやめてしまったら、自分の中の何かが死んでしまう。これは「欲」の対象が何であれ、同じなのではないかと思う。

【もっと「欲」と向き合うこと】

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Eiko Yamashita
今年2月に長いブランクを経てやっとセットアップした、エディンバラ市内のささやかなスタジオ。

日本にいると、なんだかんだ言っても「欲」を表に出すような女は嫌われる、嫌われたら終わりだと感じている人はまだまだ多いのではないだろうか。

私も嫌われることが怖くないわけではないのだが、ある時点で周囲から嫌われるのを過剰に恐れては、一歩も前には進めないということに気がついた。行動に責任を持つ覚悟さえできていれば、自分の欲求を見直して行動に移してもいいはず。それで離れていく人もいるかもしれないが、逆にそんな欲張りなあなたと一緒に生きたいと思う友達やパートナーは現れるはずだと思う。

イギリスで「欲」に忠実に生きながら人生を切り開いていく女たちを目の当たりにして、私はそんな風に思った。女性は、「欲せられる誰か」になりきるよりも、「自分が何を欲しているのか」に耳を傾けるべき時代が来ているのではないだろうか。

※登場人物の名前は仮名です。