自分の人生は、自分でしか生きられないし、どう楽しんでいけるかは、毎日の選択と気持ち次第。どんな生き方だって、自分で選んできている人は、いつだって魅力的に見えるし、自然と心惹かれるもの。コスモポリタン日本版では、人生を謳歌しているさまざまな女性の生き方を紹介していきます。

ある冬の寒い午後、エディンバラのニュータウンの一角にある仕立屋『スチュワート・クリスティ』に、デザイナーのヴィクシー・ラエさんを訪れた。

重厚感が漂いつつも、木の温もりが感じられる店内では、英王室も御用達のオイル加工のジャケットを着用した紳士が、仕立てのいいシャツを着た店員と新しいジャケットを見立てている。壁には所せましと美しいシャツやタイ、上質の毛織の鳥打ち帽が並び、ガラスケースにはボウタイやサスペンダー、カフスボタンが綺麗に並べられている。ディスプレイには礼装用のキルト(スコットランドの男性の着用するスカートのような民族衣装)が飾られた、いかにも「スコットランド紳士のための店」という風情だ。

気後れしつつも、これまたキレイに髪を撫でつけた店員に「ヴィクシーさんはいらっしゃいますか?」と尋ねると丁寧に対応してくれる。間もなくお目当ての女性ヴェクシーさんが、美しいツイードのジャケットを着て現れた。「お会いできて嬉しいわ」と挨拶をしてくれた彼女は、金髪に青い目、ほっそりと若々しい印象。

昨年のはじめ頃。友人とエディンバラ城の近くを歩いていたときに、伝統と粋を融合させたようなとても素敵なツイードの店の前を通りかかった。そのツイード店は<ウォーカー・スレーターという。かつては昔ながらの男性専用の仕立屋だったが、女性用のツイード商品を扱う現在のラインナップへと改革をしていったのが、デザイナーとして入社したヴィクシーさんだった。

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(ウォーカー・スレーターのウィンドウ

「そう、あの女性や子ども向けの服は全部私のプロデュースによるものなの」とヴィクシーさん。<ウォーカー・スレータ>は、彼女が入社する前は、古めかしい前世紀のままの店だったという。その婦人部門を任され、たった5年でトラディショナルでありながら愛らしいブティックへと生まれ変わらせたのだ。店内は、ジーンズにも羽織りたくなるようなジャケット、付けるだけでスコットランドの風が送り込まれるような愛らしいコサージュ、うっとりするような形の帽子、どんな服にもマッチするツイードのバッグなどでいつも埋め尽くされている。

「<ウォーカー・スレーター>でのプロジェクトはとってもエキサイティングだったわ…だけど時々、特に日本やドイツのお客様から『これはどこのツイードなの?』って聞かれる度、答えに困ってしまっていたの…。ハリスツイード(日本人にも人気の、スコットランド西海岸ヘブリディーズ諸島産の高級毛織物。英王室御用達で知られる)などを使った商品ももちろん扱っているけれど、同時にデザインと価格のバランスを取るため時にはスコットランド産じゃない外国産の毛織り物も使わなくてはいけなかったから 。いい会社で同僚にも恵まれて。でもお客さんの多くが、せっかくスコットランドに来たのだから本物の毛織物が欲しいと思ってると感じたの」

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(改装中のスチュワート・クリスティの店内の様子。この棚にびっしりスーツやシャツが並ぶ

プロジェクトを成功させたヴィクシーさんが、次に目指したのが「本物のスコットランド産のツイードのみを扱うブランド」だった。<ウォーカー・スレーター>を退任後、ヴィクシーさんは昨年、創立300年の老舗の仕立屋<スチュワート・クリスティを丸ごと買い取った。エディンバラに住む富裕層のうち知る人ぞ知る店で、2階には仕立て職人やお針子が忙しく働く、未だにこんな贅沢な店が存在するのかと目を丸くするようなトラディショナルな店だ。

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(いつも職人さんが忙しく働く2階の工房。ポーズをとるヴィクシーさん

「ここで新しいプロジェクトを始めるの」というヴィクシーさんは、地下の部屋へと私を案内してくれた。そこは、飾り気のない室内に紳士用品と在庫、ハンガーなどの備品が置いてある、倉庫のような場所だった。「次に来たときには見違えるわよ。このフロアを一気に改装してブティックにするの。ワクワクするわ」と言いながらさらに奥へ。厚いコットンのカーテンを開けて宝の山を披露してくれた。

そこには目を見張るような上質の織物が何十反も棚にキレイに並んでいて、それらにはすべて『MADE IN SCOTLAND』と織り込まれていた。大地の色や、スコットランドの青い海と空を映したようなブルー、濃淡のトーンの豊かな緑、あざみの花の繊細な紫など、ひとつずつがスコットランドの風景画のようだ。触れてみると、しっかりとしているのに、ふんわりと優しい風合い。これらはスコットランド各地から買い付けられた最高級のツイードだ。ヴィクシーさんは「スコットランドのツイード産業は輸入品に押されて廃れようとしている。私はスコットランドの毛織物の伝統を守るのに一役買いたいと思ってるの」と付け加えた。

(希少価値の高いスコットランド産ツイード。色が深い)

事務所に案内してもらうと、優雅な階下とはうらはらに、そこはまさに仕事場という風情だった。ここまで活気のある店へと育て上げた彼女だが、幼いころは大人しかったという。

「子どもの頃は、私は内気な子だったと思うわ、ひとりっ子だったし。自分の人形に服を着せているうちに、私自身でもデザインするようになったの。ルドルフ・シュタイナー・スクール(ドイツで考案された教育システム)に通えたのはラッキーだったわ、そこで写真やデザインに興味を持つようになった。それ以外の子ども時代の思い出はおじいちゃんの持っていた海辺のキャビンに遊びに行って、古いタイヤを船みたいにして海に浮かべて遊んだり、引き潮の時にカニを追いかけたりしたことかしらね

かわいらしい少女時代

今までの人生で成し遂げたいちばん大きなことは?と聞くと意外な返事が返ってきた。

「息子のソウルを育てたことね。彼は今十代なんだけど、とてもハンサムなのよ。私と同じ学校(シュタイナー・スクール)に通って、クリエイティブな才能を伸ばしているの。女手ひとつで育てたんだけど息子とは仲のいい親子なの。これって本当に誇らしい、大きな成果だと思う。ソウルは思いやりがあるし自分を持ってる子なのよ、謙遜してるんだけどね」

(息子のソウル君。目が優しそう)

好きな人は?と聞くと迷わず「自分の友達と、そしてスコットランド人! 自然も食べ物も、彼らもプライドも…常に私にインスピレーションを与えてくれるのよ」ときっぱり。

プライベートでは児童書の出版も目指しているというヴィクシーさん。「エディンバラの地下でネズミが大冒険をする話なの、イラストレーターのフランソワーズ・アモレッティは日本に10年滞在したこともあるのよ。夏に出版できたらいいなと思ってる」という。

(このネズミちゃん達が大活躍するお話らしい)

そんなバイタリティの塊のヴィクシーさんに夢を叶えるコツを聞いてみた。

私は夢を見るのを止めないの。毎週毎週違う夢を見ていて、夢見ることを止めないでいると、その夢に自分がどんどん近くなっていくのよ。お星様に手を伸ばしつつも、両足はしっかり地面につけておく。目標を定めて、素敵な人に囲まれて、エネルギーを持ち続ける限りはなんだってできてしまうような気がするの。大切なのはやりたいことがあったら情熱を持ってやること、そしてその情熱を人と分け合うこと。さらにもっと大切なのは同時に人に優しくあること。優しさを受けたらそれを毎日ほんの少しずつ世界にまた分け与えながら生きていくこと、それが大切じゃないかしら」

写真: コリン・アッシャー Colin Usher

スチュワート・クリスティ