「女性起業家」という言葉を耳にするようになった昨今。起業をするのに興味があるけれど、どこからはじめればいいか分からないし、ましてや海外でなんて遠い夢のようなお話…という人も多いはず。
そこで、日本の枠を飛び出し、海外で、それも自分自身が情熱のある分野で会社をおこし、最高のチャレンジを経験した先輩に起業までの道のりを伺いました!
ニューヨークで起業した吉井久美子さん
渡航した年齢:20歳
起業した年齢:30歳
1997年に映画、演劇、特別イベントのプロデュース会社「ゴージャス・エンターテイメント」を立ち上げ、トニー賞の選考委員も務めるなど、ニューヨークを拠点に活躍する吉井久美子さん。
金融業界で働いていた彼女がブロードウェイを目指して起業するまでのサクセス・ストーリーとは?
―海外で起業するまでの道のりを教えてください
日本で生まれ育ちましたが、高校3年生の時に交換留学生として、米国モンタナ州に行きました。その後、頭のすみにいつも「憧れのブロードウェイ」という思いが漠然とあり、ミュージカルの本場の街にあるニューヨーク市立大学に留学しました。
卒業後は、法律事務所、金融アナリストなどの職についたのですが、投資銀行時代に、幹部からミュージカル作品への投資の話を聞かされ、"ブロードウェイとウォールストリートは「マネー」を接点につながっているんだ"と気がつきました。そのときに、ビジネスの側面からショービジネスの世界に入れるのではないかと、真剣にブロードウェイ業界での仕事について考えたのが起業のはじまりです。
そこから、ブロードウェイ業界での就職活動を始めました。最初は本当に、知り合いと会う人全員に、「自分はブロードウェイで仕事がしたい」と伝えるようにし、友人の紹介、そのまた紹介と、関係者に次々と面会して人脈を広げていきました。そうするうちに、演劇プロダクションへの就職が叶うことに。業界的に、情熱を持って仕事をしている人ばかりなので、その心が通じたのだと思います。
最初は経営コンサルティングの会社や、M&A専門紙の仕事との二足のわらじでした。
そんな中、映画のプロデュースの仕事をいただいたことをきっかけに、ニューヨークを拠点にインディペンデント・フィルム(自主映画)の製作をはじめ、最初の会社を起業。その後に、総合的にエンターテイメントを手がけるために、今の会社を設立し、本格的に演劇作品のプロデュースも始めました。
―起業し始めてからは、順調でしたか?
起業を意識し始めたころは、小さいころから好きだったミュージカルの世界で仕事をしたいという漠然としたアイデアのもと準備をしていました。しかし、この業界について総括的に勉強したわけではなかったので、知識不足を認識するケースが多々あり…。そのため、ニューヨーク市立大学の大学院で、パフォーミングアーツに関する経営を学び、修士号を取得しました。
―海外で事業が成功した秘訣は何だと思いますか?
・他分野での知識が役立つ
法律、金融業界で働いていた知識が役立ちました。プロデューサーとして、クリエイティブなことのみならず、契約や出資金集め・運用など、業界は違えど応用できることが多々あるため、その知識や経験のおかげで、成し遂げられた案件も多数あったと思います。
・どんな出会いも大切にすること
現在は演出家、宮本亜門の海外での活動のマネージメントも行っていますが、彼との出会いは、ピンチヒッターとしてテレビ番組で宮本亜門が出演したときの通訳をしたことがきっかけでした。その際、映画の話で盛り上がり、やがて彼の米国進出第1作となった作品「アイ・ガット・マーマン」、そしてブロードウェイ・デビュー作となった「太平洋序曲」のプロデュースを手がけることになりました。
―今までで1番感動した仕事を教えてください
最も嬉しかった例としては、ブロードウェイ・ミュージカル「ビッグ・リバー 」のプロデュースです。私自身、大変感動させられで、この感動をたくさんの方々にシェアしたいと思った気持ちに突き動かされて手がけた作品でした。人種差別問題という重いテーマのストーリーに、健常者、難聴者、聾者の俳優が混合して演じることで、そのテーマが更に深まり、日本で公演したことで、日米の文化の違いが加わりました。舞台上のみならず、バックステージでも、アメリカ人の耳の聞こえない人の話を、アメリカ人の手話通訳の人が英語にして、英語の通訳の人が日本語にして、更に日本の聾者の人へ手話通訳で伝えるといったコミュニケーションがあり、成立したときには、言葉で言い表せない感動がありました。
―今後の目標はありますか?
オリンピック・パラリンピックの東京開催に向け、世界から日本に目を向けられるため、これをきっかけに文化交流への支援や注目度があがっていくのではないかと考えます。
ニューヨークで開催される日本文化の紹介を目的とした一大イベント「Japan Day@セントラルパーク」の事務局長を務めさせていただいているのですが、今後も、ニューヨーク発信での日米交流により力を入れていきたいと思っています。
日本国内で手がけているのが、3月に豊洲にオープンする劇場「IHIステージアラウンド東京」。TBSとオランダのImagine Nation社とともに、共同プロデュースに携わっており、新しい演劇・エンターテイメントの形を紹介できることを心待ちにしています。
ニューヨークでは、今夏、「プリンス・オブ・ブロードウェイ(Prince of Broadway)」のブロードウェイ公演のプロデュースを担当していて、Manhattan Theatre Clubで上演します。ブロードウェイの巨匠ハロルド・プリンスの60年にわたるキャリアのセレブレーションとして、「オペラ座の怪人」、「ウエストサイドストーリー」、「屋根の上のバイオリン弾き」、「キャバレー」、「エビータ」などハロルド・プリンスが手がけた数々の作品から選りすぐった名曲がちりばめられたミュージカルです。今はキャスティングの最終段階ですが、8月のオープニングに向け、この公演が成功するよう、日々奔走しています。
世界がどんどんボーダーレスになっていると感じます。今春には、ブロードウェイミュージカル「ウィキッド」の中国3都市のツアーも控えています。今後も、日米以外でも中国を足がかりにアジアや他のマーケットに視点を広げ、場所を特定せずに、最上のエンターテイメントを1人でも多くの方々にお届けできるよう、邁進していきたいと思っています。
―海外で起業したいと思う読者にアドバイスをお願いします
デジタル社会において色々な情報が飛び交うなか、何かを選び信じて突き進むことは難しいかと思いますが、これと思える何かを見つけられたのであれば、信念を持ってまずはその方向へ一歩を踏み出すことから始めてみてください。私は行き当たりばったりで右往左往しましたが、今となってはどんな経験も無駄ではなかったと思っています。回り道をしても、必ず他の場面でその経験が活きると思います。
吉井久美子
1997年にGorgeous Entertainmentを設立。ステージ、特別イベント分野でのプロデュース活動の傍ら、ブロードウェイミュージカル作品およびエンターテイメント業界への出資事業、日本・中国へのミュージカル招聘・ライセンス仲介を行う。2007年よりブロードウェイ、ウエストエンドにおけるエンターテイメント事業・投資会社The John Gore Organization (旧Key Brand Entertainment)のEVP(国際事業開発担当)も兼務。2008年より、Japan Day @セントラルパークの事務局長およびVice Presidentも務める。また、オフ・ブロードウェイのシアターカンパニーThe New Groupの理事のほか、トニー賞の選考委員も務める。