「海外で暮らしてみたい」「働いてみたい!」と、思ったことがある人って、案外多いのでは? とはいえ、日本以外の生活に飛び込むって語学も準備もお金も…と、具体的に考えれば考えるほど、尻込みして行動できなくなってしまうもの。

そこで8月のテーマ「初体験」にちなんで、海外で暮らしている(していた)人に「初めて海外暮らしに挑戦したときの話」を聞いてみました。ツラかったり、嬉しかったり。この初体験エピソードにワクワクした人、あとは行動あるのみ!

渡航した国:スコットランド(イギリス)

渡航した年齢:28歳

滞在期間:15年

2人目に紹介するのは、現在はエディンバラで暮らす山下英子さん。クラフト講師、日本語教師に加え、コスモポリタンの翻訳者としても活躍してくれています。海外で暮らし始めたのは、4年の準備期間を経た28歳のころ。

版画をやめてまっとうな社会人になる前に、最後にもう一度、英国で学んでみよう

――海外で働こうと思ったきっかけは?

最初に渡航したのは大学院生としてでした。最初に留学を思いついてから実際に渡航するまでには4年位かかったと思います。

日本の美大を卒業して、最初は版画工房で働いていました。中でもずっと版画の製版や刷りに薬品を多く使う技術が気になっていて、当時の先輩が薬品を使わない版画技法について書かれた英語の本を元に、職場で実践してくれたのがおもしろく感じていました。版画工房が実質閉鎖してからも、そのおもしろさや可能性は気になり続けていたんです。

その後、自分の方向性に悩み版画を辞めようと思っていた1996年ごろ、英国の彫刻家アントニー・ゴームリーの作品に出会い「版画をやめてまっとうな社会人になる前に、最後にもう一度、英国で学んでみよう。版画技法のことももっと調べてみよう」と思い立ち、美術留学について調べ始めたのです。

元々語学は大の苦手だったので、苦難の連続でした。語学学校に通ったり、仕事前にスタバに寄って辞書を片手に英語新聞や留学資料にかじりついたり、英語の得意な友達にパブに連れて行ってもらったり。いい出会いもあったのですが、未だに語学には苦労しています。

――版画技術の本場として、イギリスを選んだのでしょうか?

イギリスを選んだ理由は2人のアーティストでした。

1人目はインド人のアニッシュ・カプーアで、イギリスで学びイギリスをベースに活躍するアーティストです。彼の展示を見たときに、進歩的なのにインドの伝統が深く根付いていて作品のおもしろさにハッとさせられました。それは私がなりたいと思っていた理想像でした。2人目のアーティスト、英国人のゴームリーの作品には、頭を殴られるような衝撃を受けました。作品に溢れるヒューマニティーとシンプルな美しさに心を奪われたのです。その気持ちをどう表現していいのか適切な言葉が見つかりません。このある種の衝撃が、英国に行く大きな後押しになりました。

会社員として働きながら、週末は作品制作をし、その傍らで自分が細々と考えてきた版画工房のアイデアと調査の計画をまとめていき…。それが2001年にポーラ美術振興財団の若手芸術家の育成プログラムと、野村文化財団の助成プログラムに採用され、ようやくイギリスに行くことになりました。

今はどうかわかりませんが、当時は英国にはアカデミックビジターという大学院生として学べるビザがあり、18カ月のビザを取得して渡英しました。

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日本の美大で研究成果を実演

――海外に移り住み、苦労したこと、嬉しかったエピソードはありますか?

そもそも日本での将来のキャリアの転機を考えてのことで、実は長期的には住んで働くことはあまり考えていませんでした。不真面目に聞こえるかもしれませんが。そういう覚悟の足りなさからくる自業自得の苦労は数限りなくあり、ここでは書ききれません。

でも一番の苦労はやはり出産と育児、そして仕事探しです。

病気になっても休めない乳幼児の育児は、日本でも大変だとは思いますが、本当に死ぬかと思うような大変さでした。

仕事探しも、日本のように簡単ではありません。同じスキルがあっても、語学力やコミュニケーション能力で英国人には負けます。それはアンフェアだとは思いません。ただ自分の付加価値とどんな仕事でも「やるぞ」という気合いをキープするのはなかなか至難の技でした。

嬉しいのはやはり版画を作る瞬間です。出来上がった版を刷るとき、そしてそれを見るとき、自分の体の中に透明な水がスーッと入り込むような快感と誇らしさがあります。今はエディンバラの工房で仕事と育児の合間に刷るのみですが、このような場所が車で15分の場所にあるのは本当にありがたいですね。

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地元のお祭では、子供たちにクラフト講座を開いた

――日本との違いを一番感じるのはどんなときですか?

時間の流れが緩やかだなと感じるときですね。そして、人と人との間に適度な距離感があります。人懐っこい人は「英国人は冷たい」と感じるかもしれませんし、ホームシックになったときはその距離感が少し寂しくなることも正直あると思います。でも普段、私はその距離感が心地よく感じます。いい距離感があるので、他人に対して寛容です。

子供が幼いときには、体中にタトゥーを彫った怖そうなお兄さんでも「君の息子は素敵だね」と声をかけてくれて、バスの乗り降りを助けてくれたり、ドアを開けたり、席を譲ったりしてくれました。イメージに反して英国にはクリスチャン精神に基づいた倫理観が浸透していて、感情に任せて言いたいことを言う人間は、飲みの席で見かける程度です。

対して、東京で子連れの私を後ろから「邪魔だよ!」と怒鳴りつけ突き飛ばす立派なスーツを着た男性がいたのには本当にびっくりしました。同時に、段差の多い場所でベビーカーを運ぶのを手伝ってくれた若い女性もいました。日本人は冷たいのではなく、時間の流れが早く、ストレスの多い社会だという事なのだろうと思います。

――いま、一番楽しいと感じるのはどんなときですか?

版画を作る以外だと、スコットランドのハイランドに行くこと。恥ずかしい話ですが、若いころは美術館巡り以外で旅行に行くことがあまりなく、行った先でもスケッチやメモばかりしていて「少しでも多く学び取って帰りたい」と躍起になっていました。貧乏性もいいところです。

本当の意味でバカンスの楽しさを知ったのは2人目の子育てが落ち着いてから。短期の休みにはよくスコットランドの西海岸やスカイ島に車で繰り出します。雄大な景色を眺めたり、下手ですが透明な水の上でカヌーを漕いでいると不思議な幸福感が溢れるのを感じます

あとは美味しいウィスキーを飲むこと!

――海外で暮らしたいと思っている女性にアドバイスはありますか?

実は今でも「私は海外生活には向いていないのでは」と思っているので、アドバイスできるようなことがあまりないのですが。

「自分自身にこだわりすぎない、柔軟でいること」なのかな、と思います。海外に住むには、自己主張をはっきりすることが大事だと思われがちですが、それ以上に周りに注意を向けたり、他人の言うことに耳を傾けたり、受け入れられる事が大切ではないかなと思います。かといって、周りに振り回されるだけじゃなく、冷静に、自分が何を欲しているのかを理解し行動することも、とても大事だと思います。偉そうに言っていおて、私自身これがとても苦手なのですが。

私は日本の女性は無限の可能性秘めた、世界でも有数のダイヤの鉱山ではないかなと思っています。自分という原石をどう磨いたらいいのか…その答えが日本で見つからなかったら、自分が潰れそうになったら、どんどん外に目を向けられるということを忘れないで欲しいです。