たまたま出会った男性が、もし誘拐犯だったら…? 今回<Marie Clair>から紹介するのは、ある誘拐犯の車に乗ってしまった女性が、そこから脱走するまでの壮絶なストーリー。日常に潜む危険を目の当たりにした彼女の体験談は、決して他人事とは言えないはず…。

さっきまでのイケメンが、なぜ突然悪人へと変貌を遂げたのか?

「『怖いか?』。

男は、手に握ったシルバーの拳銃で私を脅しながら言った。

『いいえ』と、精一杯の平静を装いながら答えた私は、男から目をそらしながら、恐怖心を見せちゃダメ! 何があっても、恐れを露わにしちゃダメ!と脳内で叫ぶように、自分に言い聞かせていた。

男の車の中からは、雲の合間から夕暮れ空が微かに見える。私は彼の手元にある3つの拳銃について考えていた。ズボンのウエスト、足に巻いたストラップ、そして車のシートの下から、1つずつ私に見せるようにそれら取り出し、最後にダッシュボードを開けて、それらを収めたこの男…。恐れを露わにしちゃダメ!脳内の声は、ループし続ける。

もちろん彼は、私の恐怖心を見抜いていたはず。恐怖心で身動きを取れなくさせるのが、この男の狙いだから。さっきまでのイケメンが、なぜ突然悪人へと変貌を遂げたのか?

男と出会ったのは数時間前、あるホームパーティーでのこと。私がバルコニーで友達と話していると、向こうから挨拶しに来て、クールでユーモアのある彼は、男らしくて魅力的だった。私たちは外に座って、きれいな夜空の下、朝の4時くらいまで2人で話していたように思う。

私が帰ろうとすると、親切に『家まで送るよ』と言い出した彼。一瞬躊躇したけれど、お互いかなり打ち解けあっていたし、彼は優しく礼儀正しそうに見えたから、お願いすることにした」

私が大声で叫び出しても、まるで透明人間を乗せているかのように、彼は私を無視し続けた。

「自宅に近づいて、『その信号で右に曲がって』と頼んだ時。彼は止まりもせず、そのまま交差点を突っ切って走り続けた。もしかしたら聞こえなかったのかもしれないと思い、再度曲がってとお願いしても、車をまっすぐ走らせ続ける彼。

こうして私はパニック状態に陥った。『何してるの? 私の家はあっちよ。車を今すぐ停めてちょうだい』と声を荒げながら言っても、彼は見向きもしない。私が大声で叫び出しても、まるで透明人間を乗せているかのように、彼は私を無視し続けた。

突然、彼の携帯電話が鳴った。受話器に向かって話す彼の言葉に私は必死に耳を傾けた。どうやら共犯者と話しているらしい。

『あぁ、彼女は捕まえた』

『もうみんな着いてるのか?』

『あぁ、今向かってる』

『いや、彼女は車からは出さない』

彼が1つ目の拳銃を取り出したのは、その時だった。

以前テレビ番組で、人は恐ろしい犯罪に巻き込まれる直前、これから起きようとしていることを脳が察知し、恐怖心で体が硬直してしまうと言っていたけれど、それは実際に経験した人しか分からないと思う。

まさかその恐怖を、自分が体感することになるなんて…。暴行された自分の遺体が警察に発見され、母に連絡が入るシーンが脳裏に浮かぶ。夜のニュースでレポーターの女性が『本日未明、集団暴行された女性の遺体が発見されました』と話す姿まで想像できる。あまりの恐怖に、過呼吸を起こしそうな自分がいた。

私は焦る気持ちを抑え、『今すぐ車を停めなさい!』と何度も何度も叫び続けたけれど、彼は一向に耳を貸さない。

何か違うことをしなければ。これから起こることを誰かに知らせなければ」

このチャンスを逃したら、私の命は確実に終わる…。

110番をしようか迷ったけど、きっと彼に気づかれてしまう。それで更に彼を刺激してしまったりしたらマズイ。もしかしたら、その場で撃たれてしまうかもしれない。

電話を奪われて車の窓から投げ捨てられてしまうかもしれないし、そうなると警察に発見された頃にはきっと私はもう死んでいる。男は私の家を知っているし、もし今日生き延びたとしても、また探しに来るかもしれない。

私は代わりに、その晩うちに泊まる予定だった友達に電話をかけることにした。彼女に連絡することも危険ではあったし、彼が逆上しかねなかったけれど、この距離なら彼女が探しに来てくれるかもしれないと思ったから。このチャンスを逃したら、私の命は確実に終わる…そう思った私は、彼からなるべく離れるようにして助手席でかがみ、彼女の番号に発信した。

電話に出た友人に私はSOSを送るべく、どこにいるのかと訊かれても、とにかく曖昧な返事をした。アパートで私の帰宅を待っていた彼女が、すぐに状況を察知してくれたのが分かる。私は目を男からダッシュボードへと移した。この男はそこに手を伸ばすのか…?

高鳴る鼓動を抑え、私は友達に誘拐されていると告げる。男は反応しない。現在地、通過してきた建物やレストラン名、男の車種、どうか助けに来て欲しいということを伝え続ける私。

彼は私が話しているのを分かっていたはず。でも何の反応もない。私はビクビクしながら彼の次の行動を待った。痛い目に遭わされるのは百も承知だったけど、それでも今は友達に連絡する以外手がない。彼に、私を探しに来ている人がいる、私を誘拐するなんてそう簡単なことじゃない、と気づかせる必要があるから。

電話を切ると、気味の悪い静けさが車内に広がった。男は私を連れ去るために、ひたすら必死で運転し続けていた」

もし車が走っている間に飛び降りたら、頭は真っ2つに割れてしまうだろうか? 足を骨折するだろうか? でも、これからこの男にされるかもしれないことを考えたら、どんな重傷でもまだマシだと思えた。

彼は初犯なのか? 過去にもやったことがあるなら、その時は捕まらなかったのか? 私に声をかけて来た時から誘拐を計画していたのか? 目の前に現れた優しそうな男性になびいてしまった――その一瞬の過ちが、一生を左右する恐怖に繋がるなんて…。生まれて初めて、私は世の幾人もの女性たちが味わってきたであろう恐怖を、この身でひしひしと味わっていた。こういう時、被害者女性たちの多くは、『でも、自分から車に乗ったんでしょ?』と言われてしまうのだ。彼が誘拐の罪に問われる以上に、私はこの車に乗ったことを咎められるのだろうか?

男の助手席に座り、レイプされるか殺されるかの状況下で、そんなことを考えていたその時――友達から折り返し電話がかかって来た。

用心深く受話器を耳に当てると、聞こえてきたのは『すぐ近くまで来てるから』という声。私は、この情報を使って彼を脅さなければならないと思った。

『このまま逃げられると思ったら大間違いよ! 友達がすぐ近くまで来ていて、何が何でも私を見つけに来てくれるわ』と、男に向かって叫ぶ私。

これが吉と出るか凶と出るかは分からなかったけど、とにかくできる限りのことはしなければ。

男は高速道路の方向へと向かっていた。もし高速に乗ってしまったら、もう逃げられなくなってしまう。私は高速までの距離を計算し、脱出する計画を立て始めた。そして、次に赤信号にぶつかったタイミングで、車から飛び降りようと決意した。

高速に乗るまで信号はあと5つ。片手をシートベルトのボタンに添え、もう片方の手でドアのハンドルを強く握り、赤信号に差し掛かるのを祈る思いで待つ。

信号機はあと4つ。

すぐ先に遠くまで延びる高速道路が見える。もし車が走っている間に飛び降りたら、頭は真っ2つに割れてしまうだろうか? 足を骨折するだろうか? でも、これからこの男にされるかもしれないことを考えたら、どんな重傷でもまだマシだと思えた。

青。あと3つ。

私は痛む喉とガラガラになった声で叫び続けた。『友達が真後ろにいるわ! 私のことも見えてるわ!』。確証はなかったけど、そう言った。すると、彼はバックミラーを確認し、キョロキョロし始めた。

弱みを握った、そう思った。男は明らかに動揺してる。

『彼女が私を見てるわ! あなたの顔も車のナンバーも見えてるのよ! もう終わりよ!』と激しく叫び続ける私。

信号はまたしても青。あと2つ。

次に賭けるしかない。もう何が何でもこの車から飛び降りなければ。深呼吸をし、意を決したその瞬間。男が突然ハンドルを切り、近くの駐車場に入ると、『とっとと失せろ!』と怒鳴ったのだ」

車から二度と降りることのできなかった大勢の被害者女性たちを思い浮かべながら、私は走り続けた。

「私は走った。心臓をばくばくさせながら、とにかく車から可能な限り離れようと。10センチ以上のヒールを履いたままの足で、目に涙を滲ませながら、早朝の冷たい空気を切るように…。

美しいオレンジ色とピンク色の混ざった日の出を横目に、車から二度と降りることのできなかった大勢の被害者女性たちを思い浮かべながら、私は走り続けた。

そうしてようやく友達の姿が見えてきた時。もう青信号を数えなくてもいいんだ。立ち止まって息を整えていいんだ。あの男から、ようやく逃げ切れたんだ…やっと、そう思うことができた」

この翻訳は、抄訳です。

Translation: 名和友梨香

Marie Clair