サラ・ベルナールは、歴史上初めて国際的な大スターとなったフランスの舞台女優。1860年代に王立劇団「コメディ・フランセーズ」で女優デビューし、その後は自身の劇団を持って海外巡業をガンガンやり、血を吐いても足を切断しても舞台に立ち続けたというド根性伝説を持つ人です。凡人の私には、ぶっちゃけ狂気の沙汰としか思えません。

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フランスの伝説的な写真家ナダールが撮影したサラ。

まずは国葬かと見まごうほどの彼女の葬儀に居合わせた、日本の演出家・岩田豊雄さんのサラ評を引用してみましょう。

「(名女優とは言い切れないかもしれないが)彼女の芸風、容貌、性格、生活――あらゆる条件に於いて、まことに大女優ソノモノであった。いや、サラのごときは、大女優というよりも、寧ろ、フランスの大人物、大名物、或いは大怪物に近かった

狂気の沙汰じゃなくて、大怪物だったんですね。納得。というわけで大怪物サラ37歳のエピソードをご紹介しましょう。

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1923年、パリにて行われた葬儀の様子

フランスで地位を確立し、初の長期アメリカ巡業を大成功させて帰国したサラ。久々のパリではきっと熱烈歓迎されるに違いない! と思いきや、これがさっぱり。プライドの高いフランス人は、せいぜいアメリカに尻尾を振ってれば? てな調子で、サラ熱はすっかり冷めていたんですね。

一発逆転に彼女が考えたのは、半月後の714日のパリ祭(フランス共和国建国祭)の祝典で、大トリの国家斉唱をすること。自慢の美声と愛国心との合わせ技で、全観客をKOという作戦ですが――その演目はすでに友人の女優アガールに決定済みです。

ところが当日、「アガールに代役を頼まれたんで」と全身トリコロールのベタベタ愛国スタイルで登場したサラは、周囲が唖然とする中、まんまと目的を達成してしまいます。

その時、アガールは何してたかと言えば、遠恋中の恋人のもとへ向かっていました。「彼が落馬して大けがを!」というサラのウソにまんまとハメられて。おいおい悪いぞ、悪すぎるぞ、サラ。

脊髄反射ですぐキレるけど、忘れる時も超秒速

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ところがこの人、周囲にあんまり憎まれてないんですね。その理由はその単純で一本気な性格のせいじゃないかなーと、私は見ています。

どちらかというと脊髄反射的に反応するタイプのサラは、理不尽な扱いをされることに我慢がなりません。コメディ・フランセーズを辞めたのも、意地悪な大御所女優の横っ面にビンタ食らわしたから。あるイベントで起きたちょっとしたトラブルで、その女優に突き飛ばされたサラの妹が顔面血まみれのケガを負い、キレちゃったんですね。あくまで謝罪を求める劇団側に、サラは「先に妹に謝って」と一歩も引かず、挙句、劇団側と女優が結託したイジメのような圧力に完全に頭にきて「こっちから辞めたるわ」と辞表を叩きつけます。

私が猛烈に共感するのは、サラがそういう自分を貫くために「舞台で勝負したる」と強く思い、芸を磨いて舞台に立ち続けたことです。そして実際、彼女をケナし嘲笑する連中をねじ伏せるように魅了していくんですね。がー、カッコよすぎ。

さらに言えばそういう手のひら返しな連中を、「ホントお前ってペラッペラだな!」なーんて罵ることなく受け入れられちゃう。桁違いの大スターになった後、例の大御所女優の引退興行への出演を頼まれ、快諾したりもしています。なんという度量の深さ。

もっとも彼女自身にもそううところがあり、昨日の大嫌いが今日の大好き、昨日は大喧嘩して今日は大反省など、その変化もコロッと秒速です。スタッフの無礼に激昂して傘でぶん殴り、血まみれの姿を見て大反省、後々その人が金に困ったときに家を買って贈った…なんていう完全な"殴られ得"エピソードを聞くと、そもそも殴るところから考え直そうか…とは思うものの、サラが愛すべき人であることは否定できません。実は国家斉唱でハメられたアガールも、その昔、彼女にすごく助けられているんですね。

やるべきことを見つけたら、ためらうなんて時間の無駄

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エリザベス女王に扮するサラ

1870年に起きた普仏戦争では、劇場を救護所に変え自ら救護に当たり、戦後は離れ離れになった家族を探して、混乱収まらぬ敵地を突破する旅に出ているサラ。道中では戦死者の遺体からモノを奪っている男に出会い、見過ごせずに蹴散らしています。その瞬間にやるべきことを見つけたら、過去の悪感情もためらいも迷いも恐怖もすっ飛ばし、ただ突き進む。その生き方は自分勝手極まりなく、同時に妙に爽快です。

親交のあった作家ジュール・ルナール(『にんじん』)は彼女の性格をこう評しています。

「サラの信条は、明日のことを決して考えないことだ。明日は何が起こるか知れやしない。死ぬことさえあるかもしれない。だから彼女は刻々の時間を有効に使おうとするだけだ」


(参考文献)

「サラ・ベルナールの一生」本庄桂輔「サラ・ベルナール 運命を誘惑するひとみ」フランソワーズ・サガン