「自分の容姿は、クールな作家に似合わない」

さて前回に引き続き、今回のネタも『作家、本当のJ.T.リロイ』。

アメリカで2000年代前半に発覚した「人気作家J.T.リロイの"影武者"事件」――2冊の衝撃的ベストセラーで時代の寵児となった美少年作家は、実は真の作者である太めの30代女性ローラ・アルバートの影武者だった――の裏側を描いたドキュメンタリーです。あれよあれよと雪だるま式に大きくなっていく事態は想像するだに恐ろしく、映画を見た100人中100人が思うはずです。「なんでそんなことしちゃったの?」と。

でも「別人になりたいなんて考えたこともない」という人は、そう多くはないはず。本当の自分を見せないで済むネット上には、例えば「セレブ生活(実は借金だらけ)」とか「女(実はネットおかま)」とか「モテの伝道師(実は引きこもり)」みたいな人は結構多いものですし、そこまでいかずとも、ネットの写真はすごい美人だったのに、実際に会うと「あれ?」みたいな人、ネット上では饒舌なのに実際に会うと暗くてコミュ障っぽい、みたいなレベルであれば、もうそれこそウジャウジャいます。

そんなことを踏まえつつ、再び。ローラ・アルバートは「なぜそんなことをしちゃったのか」。クールなベストセラー作家に会いたい!という世間の願望がマックスになった時、ローラが考えたことはこうです。「自分の容姿が、みんなが期待するようなクールな作家に似合わなかったから」。

外見を巡る偏見まみれの世の中で、浴びせられる「デブのくせに」

話は全然変わりますが、「なんとか知恵袋」的なインターネットQ&Aって「ここでそんなこと聞いてどうするの?」という質問と、「なんで知りもしないことに答えるの?」というベストアンサーにあふれていて、そのあまりの惨状から目が離せず、うっかり何時間も読み漁ってしまうことがあります。

昨夜見つけた"それ系"のやりとりも結構なものでした。質問は「デブにありがちな性格を教えてください」で、ベストアンサーは「怠惰、我慢がきかない、コンプレックスが強い、図々しい、不潔、自分に甘く他人に厳しい」。言うまでもなく、それは意外性の欠片もないつまらんマンガやテレビの典型的デブキャラで、「ありがちな性格」というより「ありがちな偏見」でしかありません。ところが、これに300近くの「いいね!」がついちゃってる、えええ私の原稿より全然多いじゃん!という、思わず転職を考えてしまいそうな衝撃です。

こうした外見を巡る偏見まみれの世の中に、「うまく適応して生きていかないと」と思った太め女子ができる選択のひとつめは、「デブ脱却を目指して必死にダイエット」。そしてもうひとつは「他人が考えるデブキャラを常に意識しながら生きる」こと。少なくとも「デブのくせに」「やっぱりデブだから」と言われて、傷つかないために。

さて振り返ってローラ。彼女は若い頃から「デブ、デブ」とからかわれていて、本当は大好きだったパンクファッションも「似合わないから」と諦めて、自分が着たいコーディネートを妹に着させて欲望を満足させていました。「J.T.リロイ事件」は、それとまったく同じことです。

今は自分の本名で作家活動を行っている「J.T.リロイ」ことローラ・アルバートさんpinterest
Koji Aramaki

本が売れだしたころ、公の場に姿を現さないJ.T.リロイに替わって、熱烈なファンたちが朗読会を開いたことがあります。こっそり参加したローラはその時のことをこう述懐します。「自分の容姿が恥ずかしくて、もしバレたら死んでた」。「金髪の美少年の赤裸々な性的虐待の物語を、デブのオバはんが書いていたなんてキモい」と言われることを、ありとあらゆる面倒や気苦労よりも、彼女は恐れたのでした。

今ではすっかり痩せて垢ぬけた彼女は、事態を通じていろんなことを克服したのでしょう。以前の外見のまま精神だけ変わることは不可能だったのか、とは聞きますまい。だって外見と精神は不可分で、良きにつけ悪しきにつけ、片方が変わればもう片方に影響を与えるに決まっているんですから。

考えるのは、本がベストセラーになった時点で彼女自身が世間に登場していたら、どうなっていたか。結果に何か違いが生まれていたのか。今となっては知る由もありません。

作家、本当のJ.T.リロイ

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