29歳から年を取らず、美人で金持ちで、不幸な女

前々回は『五日物語』をネタに、童話がもともとは怖いものであることを書きましたが、魔女の継母が娘に用意した毒入りリンゴとか、履いたら最後死ぬまで踊らされる赤い靴とか、お菓子の家でおびき寄せた兄妹を食べる魔女とか、カエルにされた王子とか、「もともと」じゃなくても結構怖いものです。

その恐怖の根源はたいてい「呪い」で、それ解くためのカギは「キス」――つまりは「真実の愛の証」なのですが、「キス」が「真実の愛の証」だった時代は遠く過ぎ去った昨今、それを証明する手立てがほかにあるんでしょうか。私がカエルにされちゃった時、効くものがなかったらどうしよう――と妄想し軽く悶々とします。万が一、万万が一、カエルにされちゃったら、の話ですけども。

さて今回のネタは映画『アデライン、100年目の恋』。主人公アデライン・ボウマンは、1908年生まれの29歳、ってことで舞台は1937年――と思いきや、21世紀です。アデラインは29歳の時に遭遇した事故以来、なぜか年を取らなくなってしまい、ずーっと生き続けている女子です。これが20歳でも、37歳でもなく、29歳というのがミソです。

よく友人と「自分の現在の知識と精神性を持ったまま、身体だけ若くなるとしたらいくつになりたいか?」という不毛かつ愉快な議論をしたりするのですが、私がベストと考えるのは28歳です。若すぎると一人前に働くことができないし、大人すぎると恋や結婚などのチャンスは悲しいかな減ってくる。28歳ならば仕事も恋も結婚も出産も、どこにでも転びやすい。アデラインは29歳ですが、ほぼ同じ理由で絶妙な年齢だと思います。

というわけで永遠の29歳のアデラインは、過去に手に入れた資産からの不労所得がたっぷりあり、その上すごく美人で、仕事に恋に楽しい毎日を送っているかと言えば、そんなことは全然ありません。もはや自分よりずっと年老いてしまった娘を看取った後は、自殺でもしようかしらと考えているのです。

現代の全女子にかけられた、「老けられない」呪い

アデラインがなぜ死にたがっているかは次回に回すとして、ここで言いたいのは「現代のおとぎ話」(絵にかいたような王子様も登場)というべきこの物語において、「不老不死」がある種の呪いとして描かれていることです。

ところで呪いってなんでしょう。中世から近世に生まれた「おとぎ話」では、「醜い姿になる系」(『かえるの王様』『美女と野獣』)と「死ぬ(仮死)系」(『眠り姫』『白雪姫』)などが印象的です。つまり「呪い」とはその時代の「いかんともしがたい辛いこと」ではないかと私は思いました。

そういう視点からアデラインの呪い「不老不死」を考えると、それは非常に現代的な「いかんともしがたい辛いこと」に思えます。「不老不死」が実現してしまいそうなほど医療が進歩する現代で、人間にとって「死ぬことと」「老けること」は、とくに精神的に、より難しいことになっています。

例えば、治療方法がなければ死ぬしかないところ、「寝たきりになるけど治療方法はある」と言われたら、これを拒絶するのはなかなかに勇気がいることです。女子たちにとってよりリアルなのは「不老」、つまり「アンチエイジング」でしょう。「この新成分で10歳若返り!」とか「この手術でツルツルお肌に」と言われて、お給料のすべてをつぎこんでしまう――そんな人の姿は、完全な他人事とは思えません。

女子たちは、「老けた」と言われるのがイヤで、仕事や家事や育児でどんなに疲れていても、人と会う時はすっぴんではいられず、らくちんな服でやりすごすこともできません。それもこれもオバさんの地位の低さゆえ。いつまでも「老けられない」ことは、現代の女子にかけられた「呪い」のようなものです。

これを解いて安心して老けるために必要なのは――そうです、「真実の愛」。あなたを愛し、すべてを肯定してくれる人の存在です。そんなものがどこにあるのか。手っ取り早いところでは、あなたの中に。

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