デカい美女の人生にも、時に壮絶な悶々がある

かねてから「美しいこと」と「身体が大きいこと」は、「金」とか「社会的地位」と同じくらい周囲を圧倒する力だと信じている私には、見るたびに「こんな風に生まれたら、人生どんだけ楽か」と思う人がいます。シャーリーズ・セロンです。

デビュー作で初めて見た時の印象は、今えも鮮烈に覚えています。絵にかいたようなブロンド美女なのに、「可愛いコちゃん」というイメージはひとかけらもなく、身体にピタピタの白いオールインワンを着た21歳のそのボディ(177cm)は「ババーン!」という感じのド迫力で、演じた役のせいもありますが表情も「ビッチ」と言っていいふてぶてしさ。媚びる?は?何それ犬の食べ物?という感じです。

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彼女の登場に、「これぞアメリカン・マッチョが征服すべき美女」とハリウッドの映画人は相当色めき立ったことでしょう。きっと「ヒーローの恋人(濃厚なラブシーン付き)」みたいなオファーは死ぬほどあったと思いますが、そうした"ただの添え物"という役を演じている姿は思い浮かびません。

世界を圧倒したのは、体重を20kg増してレズビアンの連続殺人鬼を演じた2003年の『モンスター』です。長身の迫力を存分に生かしたその演技は怪演という言葉にふさわしいものでしたが、同時に理不尽な社会の犠牲者でもある主人公の哀れさも感じさせる、それはもう素晴らしいものです。そしてこの作品以降の彼女は、「画面をキラキラさせるだけの美人女優」とは全く違う方向の作品選びに向かい始めた気がします。

人生思うままのデカい美人がなぜ!?と表層的に思っていた私が合点がいったのは、シャーリーズが15歳の時に起こったある事件を知った時です。彼女の母親が、彼女を守るために、目の前で父親を殺しているのです。父親はアルコール依存症でDV男だったといいます。

どんなに痛い人生でも、泣き暮らす犠牲者にはならない

子供にとってこれほど壮絶なトラウマはそうはありません。ああなのに、ハリウッドってなんてタフな世界なんでしょう。意外と平気な顔して、このネタをシャーリーズにぶつけてるマスコミもいるわけです。そのたびにシャーリーズは臆することなく、最上級の愛と敬意で母親を全面的に肯定します。その強さに感動せずにはいられません。

とはいうものの、その経験が現在のシャーリーズの思考回路に影響を与えているのは確かでしょう。炭鉱町を舞台に世界初のセクハラ裁判を描いた『スタンド・アップ』とか、妹を殺した独裁者への復讐を誓う女戦士を演じた『イーオン・フラックス』、一家皆殺し事件の生き残りの少女のその後を描いた『ダーク・プレイス』など、彼女の入魂の作品は心に傷を負った女性ばかりを描きますが、思わず惚れてまうのは「泣き暮らすだけの犠牲者になんて、私は絶対にならない」という意志もまた、必ず感じられることです。

昨年の大ヒット作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、その最たるものでしょう。

映画の舞台は放射能に汚染された近未来。イモータン・ジョーという男(ほぼ怪物)が無数の飢えた人々を支配する国です。水と食料のある砦に住んでいるのは、ジョーのために死ぬことが名誉と教えられ育ったウォーボーイズや、その健康維持のための「輸血袋」こと輸血要員、24時間体制で機械につながれ搾乳される巨乳オバさんなどで、彼らは明日のご飯にこそ困りませんが、実状は「人」としては扱われない奴隷です。

この現実に我慢ならないシャーリーズ演じる女性戦士、大隊長フュリオサは、健康体と美しさゆえに「健康な子を産む機械」かつ「性奴隷」であるジョーの5人の花嫁たちを連れて、砦から逃げ出すのです。

道中でケガをした一人に、フュリオサが聞きます。「どう?大丈夫?」。美しさを第一にそれなりの安穏の中で暮らしていた花嫁の、「痛いわよ」という答えはちょっとキレぎみ。この後のフュリオサの言葉に、私はシャーリーズの人生を重ねて号泣すると同時に、猛烈な勇気をもらいます。

「人生は痛いのよ。やり遂げられる?」

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