アメリカで大ヒット映画となった映画『ワンダーウーマン』は監督に女性が起用されたことでも話題に。映画業界では、役職、金額面でも女性への性差別は根強く残っているものの、自身の強い思いを伝えるべく世界中で女性監督が活躍を続けている。

連載最終回は、NY在住の佐々木芽生監督。

価値観の違う人と共存するには?【女性監督が描く♯3】
©「おクジラさま」プロジェクトチーム

今回佐々木監督が描くのが、クジラをめぐる国際的な論争。和歌山県太地町のイルカの追い込み漁を批判的に描いた映画ザ・コーブがアカデミー賞を受賞して以来、捕鯨に反対する世界中の人々の非難がこの漁師町に注がれている。

そんな小さな町を舞台に、漁師と世界中の活動家たちの溝は深まるばかり。そして、その問題の根本に見えてくるのが、宗教、歴史、価値観が違う人との共存といった今の世界が抱えていること。

30年近くNYに在住する佐々木芽生監督がこの問題を多様な角度から切り取った作品が、ドキュメンタリー映画おクジラさま〜 ふたつの正義の物語

ジャーナリストとして国際社会を見続けてきた佐々木監督に、映画を通して感じた"世界から見た日本"、そして海外で自分らしく挑戦し続ける監督の生き方にも迫ってみました。

嫌いな人の背景を理解すること ―価値観の違う人との付き合い方―

小さな漁師町、和歌山県太地町でクジラやイルカの漁を続ける漁師たちと、捕鯨に反対するべく海外から抗議しにきたシー・シェパードをはじめとする環境保護や動物愛護団体。この二極を中心に論争が起こっている。

太地町は「くじらの町」として、お祭り、食文化などの伝統を大切に引き継いでいる。しかし、国際社会に伝わる姿は貴重なクジラやイルカを残虐な方法で殺そうとする日本の漁師たち。世界ではこの漁への怒りがヒートアップする一方だ。

登場するのは先代の伝統を引き継ぐ和歌山県太地町の漁師や町長、海外から反対しに来た環境活動家、二極の仲を繋ごうとする右翼活動家、そしてこの問題を俯瞰して見つめるアメリカ人ジャーナリストのジェイ。

小さな町の漁師と環境活動家のコミュニケーションのズレは、国際社会と日本、そして意見が合わない人とどうやって接していくか、という私たちの人間関係にもあてはまる問題でもある…。

価値観が違う相手に一歩踏み入って話に耳を傾けることで、自分自身の明日も、世界の明日も明るくなるかもしれない。そんなヒントがつまっている映画です。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画「おクジラさま 〜 ふたつの正義の物語 〜」予告編
映画「おクジラさま 〜 ふたつの正義の物語 〜」予告編 thumnail
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―なぜ、捕鯨問題のドキュメンタリー映画を撮ろうと?

アメリカでは、「捕鯨をいまだに続けている日本は悪で野蛮な国だ」という否定的なニュアンスで報道がされています。その度に、なぜ日本側の情報や意見が届いてこないんだろう? と疑問を抱いていました。

そして2009年には『ザ・コーブ』が公開されたのですが、この作品を観たときに本当に衝撃を受けて。自分たちが完全にヒーローで、漁師たちが悪者、とあまりにも独善的に描かれていた。この映画がアカデミー賞を取って「このままでは、イルカやクジラを巡って対立や憎しみが増幅し続けるのではないか」と思い、自分以外、きっと誰もやらないだろうと思って映画を撮ることにしました。

―小さな町で二極の意見が存在する。相反する価値観が衝突する現場にいて、どのように感じていましたか?

まずお互い言葉が通じず、普段から対話がない。そんな状況で価値観が衝突したとき、自分だけが絶対に正しくて相手が悪いと思い込んでしまう。この行きつく先がきっと"戦争"だと思いました。

そして、自分が嫌いな意見を排除はするのではなく、お互いの違いを尊重して、嫌だけど共存するという考え方が大事だと改めて考えさせられました。

価値観の違う人と共存するには?【女性監督が描く♯3】
©「おクジラさま」プロジェクトチーム

―映画の中でジェイが「日本は自分の意見や立場を外に向かって表現するのが苦手」と言っていたのが印象的でした。

佐々木監督ご自身も、海外で生活される中で日本のコミュニケーションについて感じることはありますか?

世界でコミュニケーションする為には、普段からきちんと意見や考えを持つことが大切

日本は世界から批判を向けられたときに、有効な反論を大声でできない。それは、海外にいてもどかしいと思うことはありますね。フォーマルさが大事で、外に対してどういう風に見えるかということにフォーカスしがちだと思います。海外から見ると、心から言いたいことを必死に伝えたい、相手の言っていることを一生懸命理解したい、そういった姿勢があまり見えないという印象があるようです。

日本で高等教育まで受けた人は十分な英語力を持っているはず。それをブロックしているのは、やっぱり精神的なものだと思います。間違っちゃだめと思うより、心から本当に伝えたいという気持ちを持つこと。でも、それには伝えたいことがないといけない。だから、普段から物事に対して自分の意見や考えを持つことが大切だと思います。

価値観の違う人と共存するには?【女性監督が描く♯3】
©「おクジラさま」プロジェクトチーム

20代でインドを放浪、NY在住ジャーナリストとしての生き方

―佐々木監督は海外での人生経験が豊富です。まず、20代の頃にインドを放浪されたそうですが…。

失うものが何もない状況になったとき、完全に自由になった

大学卒業後に映画会社に就職したのですが、激務で身体を壊し、自分には会社勤めが合わないと思ったんです。それで、インドに4カ月間放浪の旅に行くことに。

そこで感じたことが"完全な自由"。

現地ではお金も無くなったし、日本から持参した服や靴も全部売ってしまった。失うものが何もない状況になった時、「無」になって自分自身が本当に解放され、自由になった。

たとえ人生で失敗しても、もしこのゼロの状態に戻るのであれば、それって本当に完全な自由になれることなんだと感じて。そしたら、いろんなことに立ち向かう勇気が湧いてきて、「私、なんにも怖がらなくていいんだ」って思ったんですね。それがインドでもらった一番大きな贈り物。その事に気付かなければきっと今、映画を作っていなかったと思います。

―ジャーナズムや映画の世界を志すようになったのは、NYに行ってからですか?

当時はまったく自分が何をやりたいかなんて考えていませんでした。きっかけはインドに行った後のNYで、人と会うたびに「What do you do(あなたは何をしている人ですか)」と聞かれたこと。それは職業を指しているのではなく、たとえばダンサーを目指しているけど今は生活のためにアルバイトをしているとしても、「私はダンサーです」とみんな胸を張って言うんです。

自分は一体何がやりたいのか、私も探すようになりました。そこで気づいたのが、ジャーナリズムの仕事、そしてその先にある映画の制作だったんです。

NHKニューヨーク総局などでキャスターの仕事をされます。その中で学んだことは?

善と悪の境目はすごく曖昧だということ。例えば、カリフォルニア州立大学で精神病になって大量殺人をした犯人の取材をしたのですが、彼は両親がアルコール中毒で荒んだ家庭で育ち、小学校の頃からいつもいじめられてきた。一生懸命生きようとしても、何か必ず運が悪くて嫌なことが起きてしまう、そういった連続で、ある日銃を乱射してしまった。そうしたときに、本当に彼だけが100%悪いのかというと、そういう人たちに手を差し伸べる温かさのない社会ってどうなんだろう、と思うわけですよね。

絶対的な善とか絶対的な悪というのはこの世に存在しないのではと思いました。

―読者へメッセージをお願いします。

何かに迷っているとき、本当にそれをやらなければ一生後悔するかしないか、ということを判断の基準に

少し前に心に響いた記事があるのですが、オーストラリアのホスピスで患者さんが言ったことが同じらしいんですね。それは「自分が生きたい人生を生きればよかった」ということ。

私も今回の映画を撮るときに、いろんな人たちに反対されました。でも、今この映画を撮らなければ、きっと死ぬ前に絶対後悔すると思ったんです。とにかくやってみれば後悔するということはないと思います。


世界を渡り、ジャーナリストとして常に"真実"を見つめてきた佐々木監督が伝えたいこと。『おクジラさま ふたつの正義の物語』には、私たちの日常生活にも応用できる、そんな物事を多様な角度から考えるヒントが詰まっています。

99日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー

著書『おクジラさま』(集英社)も好評発売中